|
解説
|
高野遺跡は、綿内遺跡群に属する遺跡で、千曲川右岸の自然堤防上に位置しています。 平成8~9(1996~1997)年に、綿内中央土地区画整理事業に先立つ発掘調査が行われ、弥生時代から平安時代にかけての集落跡が見つかりました。 見つかった遺構は、弥生時代の住居跡51軒、古墳時代の住居跡18軒、奈良時代の住居跡16軒、平安時代の住居跡188軒、鍛治跡、土壙墓、馬埋納土壙、火葬跡などがあります。遺物では、各時代の土器の良好なセットや、弥生時代の勾玉や管玉といった装飾品、平安時代の銅製の巡方が見つかりました。 弥生時代と平安時代の住居数が圧倒的に多く、この時代に高野遺跡が中心集落となっていた様相がうかがえます。 遺跡の周辺には、東側に900軒近い古墳時代の住居跡が見つかった榎田遺跡があります。綿内遺跡群内では、各地で、大規模な集落が存在しており、高野遺跡もそうした集落の一つと考えられます。 また、南側には岩崎遺跡があります。遺構の密集度はさほど高くなく、小規模な奈良・平安時代の集落跡だと考えられます。この遺跡から見つかった竪穴住居跡の主軸方向は、大半が北西9~45度を向いており、これは高野遺跡の大半の竪穴住居跡のものと共通しています。 このように岩崎遺跡に高野遺跡との共通点がみられることから、高野遺跡が隣接した小規模な集落をもつ中心的集落であったと考えられます。
|