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解説
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本遺跡は稲里町中央三丁目と川中島町御厨に位置しています。遺跡周辺は、長野オリンピック開催に伴って建設された、国道19号線長野南バイパスの開通で開発が進み、大きく様変わりしています。 上九反遺跡も、このような稲里町の開発事業の一つである稲里中央土地区画整理事業を起因として、平成7年(1995)に発掘調査が行われました。 見つかった遺構は、古墳時代後期の竪穴住居跡17軒、溝跡4条、奈良・平安時代の竪穴住居跡6軒、溝跡9条、土坑等です。特殊な遺物として、馬鐸に似た形状の土鈴が出土しています。古墳時代の竪穴住居跡から出土していることから、土鈴も同時期のものと考えられます。 本遺跡は、古墳時代後期の竪穴住居跡の数が多く、出土する土器もその時期に集中することから、古墳時代後期を主体として営まれた集落であると考えられます。 本遺跡の南東に位置する田中沖遺跡では、80軒近い古墳時代の竪穴住居跡が発見され、川中島平における古墳時代の大集落が確認されています。田中沖遺跡を拠点集落と考えれば、本遺跡は拠点集落と関係を結ぶ小規模集落の遺跡であった可能性があります。
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