|
解説
|
塩崎遺跡群の塩崎粟佐橋地点は、平成13(2001)年に塩崎粟佐橋線道路改良事業に先立って実施された発掘調査箇所です。千曲川左岸に形成された自然堤防上に位置しており、調査区の大半が旧流路への落ち込み部分であったため、集落や墓域の末端部分がみつかりました。 平安時代の住居跡4軒、弥生時代終末~古墳時代初頭の方形周溝墓1基、弥生時代後期の木棺墓3基、旧流路等が検出されています。 方形周溝墓は一部が旧流路や近世に形成された塚(伊勢宮)によって撹乱を受け、全体の形状、規模は不明ですが、一辺の中央に開口部を有するものです。周溝内には2体の人骨が確認されていて、その1体には碧玉製の管玉5点が伴っていました。 木棺墓は方形周溝墓より南約50mほどの地点から3基みつかり、うち2基が並列していました。並列する木棺墓のうち1基からは男性と想定される人骨がみつかり、頭部付近には赤彩された広口壺が副葬されていました。さらに右手首には螺旋形鉄釧が装着されいて、確認できる範囲で16~17巻が残存していました。国内で確認されている鉄釧の遺存例としても最高のもので重要な資料といえるでしょう。
|