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解説
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松代城跡の西を流れる神田川の改修事業に伴い、平成5~6年(1993~1994)に発掘調査が行われました。12号溝は松代城の南西にある花の丸の南西隅で検出され、その位置から松代城の外堀である百間堀と考えられます。松代城は甲斐武田氏の北信濃進出の拠点として、永禄3年(1560)頃に築城され、北に接する千曲川を堀として利用した平城です。河川を堀としていたために度々水害に見舞われ、寛保2年(1742)の戌の満水では甚大な被害を蒙り、この洪水を契機として松代藩は城の背後を流れていた千曲川を北へ移す改修工事を行いました。百間堀はこの時の千曲川の旧河道を堀として転用したものです。 12号溝では角礫を堀の底や斜面に埋め込んだり、木杭などを打ち込んでおり、これらは土留めの役割があったと考えられます。堀内部からは江戸時代の陶磁器や土器皿、真田家の家紋「結び雁金」の軒丸瓦、漆塗碗・曲物・下駄などが出土しています。
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