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遺構名 13号溝跡
遺構名(かな) 13ごうみぞあと
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 F-202/ /松代城跡
欧文タイトル
遺跡地点名 松代城跡
差出 作者
受取
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年代 近世
年代終
数量
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寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
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収録時間
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調査年度/起因事業 1992~1994/国補神田川改修事業
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関連する人物・団体
検索用時代区分_埋蔵文化財 近世
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 松代城跡の西を流れる神田川の改修事業に伴い平成5~6年(1993~1994)に調査が行われました。松代城は甲斐武田氏の北信濃進出の拠点として、永禄3年(1560)頃に築城され、北に接する千曲川を堀として利用した平城です。溝は松代城の南西隅に位置し、水除け土手を挟んで西側には百間堀が流れていました。幅約9.5~12.2m、深さ約1.7~2.4m、溝の壁には土留めの木杭が多数打ち込まれていました。溝内部からは江戸時代~近代の陶磁器や弥生時代の甕、古墳時代の土器、平安時代の瓦塔の破片も出土しました。
 溝が囲んでいる花の丸は享保2年(1717)の火災後藩主の居宅となったりしましたが、明和7年(1770)には御殿の普請が本格的に完了し、以後藩主の政務・居住の場、花の丸御殿となりました。溝の土の堆積から寛保2年(1742)の戌の満水の洪水層とその上に整地層が確認され、洪水の後に花の丸の整地が行われたことがわかり、文書に残る花の丸御殿の普請の記録と合致しました。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 松代町松代(殿町)殿町城跡
遺跡番号ID 583
管理記号
カテゴリ区分
遺構種別 その他
大分類 遺構
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=1075-15&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
報告書/参考資料 073_松代城跡/
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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