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遺物名 古瀬戸天目茶碗
遺物名(かな) こせとてんもくちゃわん
遺跡番号/遺跡群名/遺跡名 C-017/長野遺跡群/西町遺跡
欧文タイトル
遺跡地点名/遺構名 西町遺跡/
差出 作者
受取
製作者
年代 中世
年代終
数量
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
調査年度/棋院事業 1995~1996/国道406号(若松町)道路改良事業
言語
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地区別
関連する人物・団体
検索用時代区分_埋蔵文化財 中世
検索用時代区分_埋蔵文化財コード
検索用時代区分_埋蔵文化財終
検索用時代区分_埋蔵文化財終コード
内容細目
解説 この天目茶碗は、1辺2m程度のやや四角い穴から6点の土器皿や中国(北宋)銭とともに出土しました。14世紀後半の室町時代前期に現在の愛知県瀬戸市を中心とする尾張瀬戸窯で焼かれた製品です。   
 天目茶碗は中世から近世にかけて流行した茶の道具である陶磁器、「茶陶」のひとつです。「天目」の名称は中国に留学した僧が浙江省北部にある禅寺天目山から持ち帰ったことに由来します。建窯に代表される中国福建省の各窯で生産され、日本では中国からの輸入品を意味する「唐物」の代表格として大変もてはやされました。器の内面に広がる斑紋の違いから耀変(ようへん)・油滴(ゆてき)・禾目(のぎめ)などの呼び名がつけられ、国宝に指定されている天目茶碗もあります。
 茶は平安時代にはすでに日本に伝えられていました。しかし現在の茶道に通じる喫茶の風習は鎌倉時代の禅僧により中国から持ち込まれたものです。喫茶は寺院に留まらず上流階級にも広まります。武士の儀礼の中にも喫茶が取り込まれ、それに使用される天目茶碗も需要が高まっていきます。このような流れの中で、瀬戸窯では中国の天目茶碗をまねて14世紀初め頃生産を始めます。城館遺跡や都市遺跡を中心に全国で出土し、現在では喫茶をたしなむ階層の存在を示す出土品の一つとして評価されています。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 長野市埋蔵文化財センター
所在 長野西町西町
遺跡番号ID 205
管理記号
カテゴリ区分
遺物種別 陶磁器
大分類 遺物
中分類
小分類
文化財情報
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=7&fid=418-14
関連画像URL
自治体史掲載
報告書/参考資料 087_西町遺跡/
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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