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解説
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清水寺は保科の谷の奥にある寺で、征夷大将軍 坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が大同年間(806~810)に建立したものと伝えられている。以前は多くの坊舎を抱え、堂塔伽藍(がらん)を備えた盛大な寺だったというが、大正5年の保科の大火の際に全焼して、今は堂塔の跡を残すのみとなった。その後、奈良県から移されたのが現在同寺にある古仏像群である。 木造薬師如来坐像は、一木造りで像高84.5㎝。薬師如来坐像一般の姿をしており、左手をひざの上におき、手のひらに薬壺(やくこ)をのせる形をとり、右手はひじを曲げて手のひらを前方に向け五指を伸ばし、結跏趺坐(けっかふざ)する(座禅の座り方)。 造像法は同寺の千手観音坐像と同じく古式で、背面から後頭部におよぶ内刳(ぐ)りを施し、背板をあてている。 また、その作風も千手観音坐像と似通う点が多く、衣文(えもん)の彫り口が粗いこと、ひざ前の翻波式(ほんぱしき)衣文のたたみ方や裳(も)先を厚めに小さく三角形にするところなどは全く同じである。 この像は頭部と肉髻(にっけい)部の区別がはっきりとせず、横から見ると髪部が額を覆って特異な形をしている。全体がずんぐりして綿帽子をかぶったようで異様である。 年代はやはり千手観音坐像と同じく、藤原時代中期ごろのものと思われる。
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