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文化財名
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佐久間象山宅跡
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文化財名(かな)
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さくまぞうざんたくあと
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欧文タイトル
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資料名に関する注記
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差出 作者
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受取
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製作者
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年代
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江戸時代後期
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年代終
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員数
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公有地 887.8㎡(266坪) ※備考に補足有り
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形態
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寸法(図録用)
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大きさ(縦)
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大きさ(横)
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大きさ(高さ)
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材質
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形態に関する注記
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保存状況
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収録時間
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縮尺
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その他の注記
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言語
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ISBN
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ISSN
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テーマ
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4松代城下町に伝わる武家文化
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地区別
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松代
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関連する人物・団体
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検索用時代区分_文化財
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江戸時代
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検索用時代区分_文化財コード
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検索用時代区分_文化財終
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検索用時代区分_文化財終コード
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内容細目
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解説
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佐久間象山(1811~1864)の屋敷跡は、象山のふもと松代町有楽(うら)町にある。東隣には象山神社があり、この一角に「象山先生誕生地」の石標が建てられている。 878㎡の敷地跡には、わずかに当時をしのばせる古井戸が残るばかりだが、象山在世のころは、住宅のほかに8代藩主真田幸貫(ゆきつら)の休憩所、父神渓の槍・剣術道場、学問所、ガラス製造原土置場や長屋2棟があった。 象山は文化8年(1811)、この家に生まれ、天保10年(1839)の2度目の江戸留学まで29年間ここに住み、藩の青年たちに学問を教えて後進の指導に努めた。 象山の父は佐久間国善(一学また神渓とも号した)といい、五両五人扶持(70石相当)の家だったが、剣は卜伝(ぼくでん)流の達人であり、また、易学をもって知られた名門だった。 象山は天保4年(1833)、22歳で松代藩第1回の江戸留学生として佐藤一斎の門に学んだ。天保10年(1839)再び江戸にでて象山書院を開き、程朱(①ていしゅ)の正学を講義するとともに、開国論を唱え、砲術を研究する。 また、西洋科学を紹介し、勝海舟・吉田松陰・小林虎三郎らの門下生に近代的な兵学・戦法・築城などを教えた。 安政元年(1854)、吉田松陰の密航計画に連座して捕らえられ、蟄居(ちっきょ)9年間に及んだが、元治元年(1864)3月、徳川幕府の招きで上洛。開国・公武合体論を主張し、大いに画策したが、同年7月11日、京都三条木屋町で刺客の凶刃に倒れた。享年54歳。 のち明治22年に正四位を贈られている。
注①程朱(ていしゅ)・・・二程(宋の大儒家程顥(ていこう)と程頤(ていい)の兄弟)と朱子を合わせて程朱という。
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解説(英語)
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来歴
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来歴(英語)
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所在
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長野市松代町松代
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文化財番号
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49
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管理記号
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カテゴリ区分
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-
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文化財種別
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史跡
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大分類
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指定等文化財
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中分類
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小分類
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文化財情報
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県指定/県指定記念物/昭和 35年2月11日/1960/2/11
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上位階層目録ID
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関連目録ID
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manifest.jsonへのURL
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参照データ
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長野市行政地図情報
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https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=71-48&mps=5000
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関連画像URL
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自治体史掲載
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出版物・関連資料
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翻訳の言語
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権利関係・二次利用条件
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独自規定あり
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原資料の利用条件
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権利関係・利用条件に関する注記
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緯度・経度・高度に関する注記
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汎用フィールド01
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キーワード
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備考
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汎用フィールド09
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DOI
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既刊目録名
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デジタル化の経緯に関する注記
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