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文化財名 清水寺の仁王門・三重塔・大日堂跡
文化財名(かな) せいすいじのにおうもん・さんじゅうのとう・だいにちどうあと
欧文タイトル
資料名に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代 鎌倉時代中期~江戸時代初期
年代終
員数 1件
形態
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言語
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テーマ
地区別 松代
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 鎌倉時代,江戸時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  清水寺は観音山の谷間にある真言宗の寺である。保科観音とも呼ばれ、牡丹の多いことで知られており、その創建は征夷大将軍・坂上田村麻呂によるものと伝えられる。
 珍しく堂塔をそろえた寺で、総門・鐘楼・本堂・庫裏(くり)を備え、仁王門から観音堂(奥院)に至る参道の両側には経蔵・三重塔・大日堂・釈迦堂・薬師堂・八将社があったが、これらの諸堂は大正5年の火災ですべて焼失した。
 かつての大日堂は鎌倉時代中期に建てられたものである。単層で、桁行(けたゆき)五間、梁間(はりま)五間、屋根は寄せ棟造り茅葺(かやぶき)だった。跡には大部分の礎石が当時の位置に整然と残っている。
 また三重塔は同時代末の建築で、三間三層、屋根はこけら葺きとした。その跡に一辺8.87mの方形の基壇と、その上に外側柱・塔内四天柱の礎石が見られ、基壇上の周囲に敷かれた切石や、内部に四半敷にしてあった切石もそのまま残る。
 仁王門は江戸時代初期に建てられた三間二面の建物で、12個の礎石と基壇四面の列石が跡に残っている。
 このほかに経蔵・釈迦堂・観音堂などの跡も明らかで、保科清水寺が栄えた往時の姿をしのぶことができる。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市若穂保科
文化財番号 108
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 史跡
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 市指定/市指定記念物/昭和 42年11月1日/1967/11/1
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=140-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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