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解説
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エノキの語源は、従来、よく芽が出て枝が多いことから「萌(もえ)の木」・「枝(え)の木」などではないかとされていた。しかし、柳田国男は、ヤドリギがよく寄生して幹にはうつろ(うろ)ができやすく、そこに神が宿ると考えられること、また、しばしば幹にこぶができるため、乳神としても信仰されることなどから、「嘉樹(よのき)」(めでたい木)が変化したものではないかという。前川文夫は、神が降臨するタタエノキの略かともいっている。 江戸時代には、特に一里塚や路傍に植える事が奨励された。それは旅人が夏季に枝の繁茂した樹陰で休息できるようにとの配慮からで、そのため榎(えのき)の国字もあるほどである。 稲田のエノキは、そのような古い民俗の歴史を知ることが出来る路傍のエノキであり、枝もよく繁っている。また、幹には神の宿りにふさわしいうろができていて、民俗学研究の標本そのままの姿である。 樹高は約18m。うろがあるため樹皮の部分が主であるが、幹の目通りの径は長径103㎝、短径79㎝である。 幹のうろには、落雷かたき火の跡と思われる炭化した部分があるが、樹皮の部分はよく発育していて栄養状態もよく、樹勢は衰えていない。信越線の車窓からも望める市内の一名木である。
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