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文化財名
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大豆島区有文書
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文化財名(かな)
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まめじまくゆうもんじょ
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欧文タイトル
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資料名に関する注記
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差出 作者
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受取
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製作者
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年代
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1618年(元和4年)
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年代終
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員数
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3通(松平忠輝老臣等連署状・松平信直黒印状・酒井忠勝老臣等連署状)
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形態
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寸法(図録用)
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大きさ(縦)
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大きさ(横)
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大きさ(高さ)
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材質
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形態に関する注記
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保存状況
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収録時間
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縮尺
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その他の注記
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言語
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ISBN
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ISSN
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テーマ
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8川と共に生きる-千曲川水系と暮らし-
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地区別
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大豆島
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関連する人物・団体
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検索用時代区分_文化財
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江戸時代
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検索用時代区分_文化財コード
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検索用時代区分_文化財終
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検索用時代区分_文化財終コード
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内容細目
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解説
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この文書は松平忠輝が高田城主だったとき、重臣の松平信直が大豆島(まめじま)村に与えたサケ(鮭)の「打切(うちきり)」を命じたもので、花井吉成や大久保長安の署名も見られる貴重な文書である。酒井忠勝の文書は元和四年(1618)、松代城主着任直後に出した黒印状で、サケ10本に対して4本を上納せよと記されている。 「打切」とは岸から川の中へ杭を立て連ね、これに竹簀(たけす)を渡し、その簀の下に「ツヅ」という竹製の筒のようなものをしかけることである。通い舟の通路だけは開けておくが、川を切って仕掛けを作るので「打切」という。 打ち切りした岸には仮小屋を造り、七月から十二月までサケ漁をしたという。 信濃川では河口を一番として十五番まで「打切」があり、川には厳重な境めが設けられていた。 サケは川で生まれると海に下り、再び川に帰る習性がある。信濃川では昭和十一年に西大滝ダムができたことによってサケの遡上(そじょう)が衰退したが、現在は積極的に稚魚の放流が行われており、その成果が期待されている。
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解説(英語)
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来歴
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来歴(英語)
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所在
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長野市小島田町(長野市立博物館)
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文化財番号
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154
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管理記号
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カテゴリ区分
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文化財種別
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文書
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大分類
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指定等文化財
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中分類
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小分類
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文化財情報
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市指定/市指定有形文化財/昭和 55年6月2日/1980/6/2
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上位階層目録ID
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関連目録ID
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manifest.jsonへのURL
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参照データ
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長野市行政地図情報
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https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=397-48&mps=5000
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関連画像URL
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自治体史掲載
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出版物・関連資料
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翻訳の言語
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権利関係・二次利用条件
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独自規定あり
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原資料の利用条件
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権利関係・利用条件に関する注記
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緯度・経度・高度に関する注記
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キーワード
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備考
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DOI
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既刊目録名
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デジタル化の経緯に関する注記
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