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解説
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東光寺は古くは龍華山密蔵院蓮光寺といった。真言宗に属し、松代町東条岩沢にあったが、武田氏が海津城築城後、城の守護祈願寺として諏訪明神を城下の鍛冶町に勧請(かんじょう)するに当たり、蓮光寺を城下に移して別当寺(①)とし、江戸時代には練光寺と称した。 その後廃寺となったが、脇坊等覚院が蓮光寺の跡を継いで東光寺と称し、蓮光寺以来の文書を継承している。
伝来の文書8通は武田氏から真田氏にいたる間の海津(松城)城主あるいは家臣が、同城の祈願寺である蓮光寺に出した朱印状・寄進状で同寺と海津城主との関係を知ることができる。 特に村上景国・松平忠輝・酒井忠勝関係の寄進状はほかに例がなく、史料的価値の高いものである。
注① 別当寺・・・神社に付属して建てられた寺で、宮寺・神宮寺ともいう。
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