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文化財名 明徳寺文書
文化財名(かな) めいとくじもんじょ
欧文タイトル
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差出 作者
受取
製作者
年代 1599年(慶長4年)他
年代終
員数 7通(折紙5・竪紙2)
形態
寸法(図録用)
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言語
ISBN
ISSN
テーマ 4松代城下町に伝わる武家文化
地区別 松代
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 安土桃山時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  明徳寺(めいとくじ)は豊栄(とよさか)小学校東の山すそにあり、曹洞(そうとう)宗に属している。武田信玄の将で海津城将だった高坂昌信が中興(ちゅうこう)(再び盛んにすること)開基した寺で、昌信の墓もこの寺にある。昌信以後、歴代の海津(松城)城主に崇敬され、城主・家老などから寄進状・禁制(①きんぜい)が出されてあつい保護を受けた。

 武田家滅亡後は、上杉景勝が北信濃一円を領有し、その家臣村上景国が海津城主となり、天正10年(1582)10月5日に寺領を安堵(与えたり、約束したり)しているが、この安堵状は現在寺に見あたらない。

 指定された文書はその後に出されたものである。慶長4年(1599)の海津城主 田丸直昌の寺領安堵状、次いで松平忠輝老臣などの禁制および寄進状、大久保長安の寄進状・書状など明徳寺が松代城主からあつい崇敬を受けていたことを証する寺あての文書で、折紙5・竪紙2の計7通である。

 注①禁制(きんぜい)・・古文書の一形式で制札・禁札ともいう。禁止事項を公示する文書。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市松代町豊栄
文化財番号 161
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 文書
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 市指定/市指定有形文化財/昭和 56年8月17日/1981/8/17
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=340-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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