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文化財名 旧横田家住宅主屋・表門・隠居屋・土蔵2棟
文化財名(かな) きゅうよこたけじゅうたくおもや・おもてもん・いんきょや・どぞう2とう
欧文タイトル
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差出 作者
受取
製作者
年代 江戸時代(18世紀末頃)
年代終
員数 5棟
形態
寸法(図録用)
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言語
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ISSN
テーマ 4松代城下町に伝わる武家文化
地区別 松代
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 江戸時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  旧松代藩士横田家は禄高150石の中級藩士で、郡奉行などを務めた家である。最後の甚五左衛門は表御用人だった。
 この住宅は他の藩士宅と同様、一種の公舎で、面積3,340㎡の敷地に主屋・表門・隠居屋・土蔵(2棟)の5棟が建ち、18世紀末ごろの建築と考えられる。
 主屋は桁行17.1m、梁間9.7m、寄棟造り、茅葺(かやぶき)で、北側に寄棟の玄関が付き、南側にも突出部がある。主屋の東側に寄棟、茅葺きの隠居屋が付属しているが、これはのちに増築したものである。
 表門は桁行16.4m、梁間6.3mの長屋門で切妻造り、桟瓦葺(さんがわらぶき)とし、門の左右の長屋に窓が付く。
 昭和63年から平成3年にかけて解体修理が行われ、中級武士の屋敷としてほぼ完全に保存されている点で貴重である。
 なお、横田家から出た秀雄は大審院長に、その子正俊は最高裁長官になり、二代続いて裁判官の最高の地位についた。
そのほか秀雄の弟謙治郎(小松)は鉄道大臣となり、姉の和田英子は「富岡日記」の著者として有名で、多くの秀才を生んだ家である。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市松代町松代
文化財番号 173
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 建造物
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 国指定/重要文化財/昭和 61年1月22日/1986/1/22
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=356-48&mps=5000
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自治体史掲載
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既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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