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解説
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浄土真宗の開祖親鸞(しんらん)聖人(1173~1262)の伝絵(でんね)は、親鸞の一生の行状を場面ごとに絵を加えて物語り、信者たちに示して教化の手段としたものである。もっとも古いものは、永仁三年(1295)に親鸞の曽孫宗昭覚如が「善信聖人絵」と題して詞(ことば)(説明文)をつくり、絵を篠ノ井塩崎の康楽寺二世浄賀に描かせた上・下巻(各七段)で最初の稿本といわれている。 その後、これを増して門徒に与えた巻子(かんす)装のものなどがあるが、多くの寺院では掛幅形式のものが絵伝として用いられた。これは絵の部分だけを数段に分けて下から上に重ねて描き、絵解きができるようにしたものである。 善敬寺の絵伝もこのような目的で、同寺から京都本願寺に願い出て下付されたものである。作者は不明だが、本願寺に伝わる原本を写したもので、四巻からなり、奥書によって寛永十六年(1639)の作であることが明らかである。 図は親鸞が養和元年(1181)三月十五日、九歳のときに伯父の日野範綱卿に伴われて慈円僧正の青蓮院に入る第一図から、滅後十年の文永九年(1272)の冬、吉水の北辺に遺骨を遷(うつ)し、影像を安置した廟堂(びょうどう)の様子を描いた第二十図まで二十九場面にわたる細密な極彩色画である。覚如の伝詞に基づいて親鸞の生涯が克明に、松・桜・藤・紅葉など季節の草木や自然の景を添えて描かれている。
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