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文化財名 石造宝篋印塔
文化財名(かな) せきぞうほうきょういんとう
欧文タイトル
資料名に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代 南北朝~室町時代  (造立は永和2年・1376)
年代終
員数 1基
形態
寸法(図録用)
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大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
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縮尺
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言語
ISBN
ISSN
テーマ
地区別 七二会
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 南北朝時代,室町時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  大安寺歴代墓地の中に六基並んでいる宝篋印塔のひとつであり、基礎から笠までの高さは78㎝で相輪を失っている。
その基礎正面に十行に銘文が陰刻されており、それは次の通りである。

 『宝篋印塔婆一基』 『右造立旨趣者』 『奉為』 『本寺開山雷峰』 『和尚増崇品位』 『以報法乳之恩』 『伏願門風永扇』 『至三暁也永和二年丙辰四月五』 『日小師等敬白』

 銘を訓読すると、「右造立の趣旨は、本寺開山雷峰和尚の品位を増崇し、以て法乳の恩に報いんが為にし奉る。伏して願はくは、門風永く扇ぎ、三乃の暁に至らんことを」(信濃史料7-13)となる。

この石造宝篋印塔は、大安寺開山雷峰妙霖 の報恩に報い、かつその門風の盛んになることを願って、門弟が永和2年(1376)に造立したことが銘によって明らかである。
宝篋印塔としては小型であるが、造立銘が詳しく市内の石造塔類のうち、安茂里小市の称名寺石塔の観応2年(1351)に次ぐ古い銘をもつ宝篋印塔として貴重であり、ことに銘文の内容は学術的価値が高い。
(長野県指定文化財候補物件調査票より:調査者小林氏)
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市七二会甲
文化財番号 190
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 建造物
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 市指定/市指定有形文化財/平成 3年12月20日/1991/12/20
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=419-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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