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解説
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長野市篠ノ井塩崎から隣接する千曲市稲荷山にかけての、千曲川左岸一帯に広がる自然堤防上のほぼ全域に、塩崎遺跡群がある。伊勢宮遺跡はその中で塩崎伊勢宮地域に所在しており、弥生時代中期の初めごろから、平安時代までにわたる人々の生活の跡が見られる貴重な遺跡である。 この遺跡からは各時代の生活をうかがい知ることのできる遺物が数多く採集されているが、中でももっとも重要な遺物が弥生時代の土器・石器である。 土器には、縄文を地文とし、その上に沈線(ちんせん)による文様を施した伝統的な在地の土器と、縄文晩期の亀ケ岡系変形工字文(こうじもん)土器をはじめ、弥生前期の遠賀(おんが)川系土器、東海地方の条痕文系土器などが共存している。 石器では、打製石鏃(せきぞく)・石斧とともに打製石庖丁が採集されており、善光寺平の初期弥生文化の諸様相のひとつとして、晩期縄文文化の石器製作技術が伝統的に継承されている。 また、磨製石器のノミ形石器・柱状片刃石斧・太形蛤刃石斧・扁平片刃石斧のほか、磨製石庖丁も検出している。これらの遺物から、弥生時代中期に盛んになった磨製石器使用の先駆けをうかがうことができ、時代の過渡期にみられる新旧文化の重層性を顕著に伝えている遺物群といえる。
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