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文化財名 木造不動明王立像
文化財名(かな) もくぞうふどうみょうおうりゅうぞう
欧文タイトル
資料名に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代 平安時代末期~鎌倉時代初期(13世紀?)
年代終
員数 1躯
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
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言語
ISBN
ISSN
テーマ 3川中島の戦いと伝承
地区別 更北
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 平安時代,鎌倉時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  寺伝では、播磨守護大名赤松則村の玄孫満村が、長禄2年(1458)に高野山龍光院で出家、祐尊と称した。そして延徳元年(1489)善光寺に参詣、飯綱山で断食修行中に延命地蔵のお告げを受け、当地に下り一宇を建立し、自ら高野山より行基菩薩作の不動明王を請来して、文亀元年(1501)現在の降魔山地蔵院不動寺を開山した。
 天文24年(1555)の川中島合戦の折り、武田信玄は、当寺付近に在陣して参詣、不動明王の威徳を感じて、周囲四町を境内地として寄進した。そこで当寺周囲の集落名を不動寺と称している。雷災のため、文禄、元和、寛文、文政の各時代に堂宇を失ったが、この不動明王像はその都度焼失を免れて今日に伝えられている。
 この不動明王像は、像高151.9㎝のほぼ等身大の檜材木造立像である。髪を巻髪とし、左肩に弁髪を垂れ下げ右手に宝剣、左手に羂索(けんさく)を握って条帛(じょうはく)、裳を着けて立つ通例の不動明王像である。顔はいかにも鎌倉時代らしい写実的な忿怒(ふんど)の面相である。
 量感ある堂々とした体躯、そして整理された衣紋の表現など適度に変化がある。全体にまとまりがあって、造形的に優れ、一木割り矧(は)ぎの造形技法等、鎌倉時代前期の秀作である。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市青木島町大塚
文化財番号 212
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 彫刻
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 県指定/県宝/令和2年3月16日/2020/3/16
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=315-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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