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文化財名 八橋流筝曲
文化財名(かな) やつはしりゅうそうきょく
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年代 江戸時代初期
年代終
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テーマ 4松代城下町に伝わる武家文化
地区別 松代
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 江戸時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説 八橋流筝曲は、江戸時代初期に八橋檢校が筑紫流と雅楽を組み合わせ創始した流派で、13曲からなる組物と段物によって成立しており、女性音階の筝で演奏することが特徴的である。古八橋流・新八橋流などがあったが衰退し、現在は松代に伝えられた系統のみが残っている。
 松代には八橋檢校に直接筝を学んだ2代目藩主信政側室のお伏(二代目お通)により伝えられ、上級武家の子女達は厳しい規律のもと、これを習った。
 その後の伝授は8代藩主幸貫の命により、禰津家の千勢、その娘横田喜尾、伊豫、その娘真田由婦(志んの祖母)へと伝えられた。
 明治以降、武家社会の没落により筝曲八橋流は衰え、戦後には継承者が途絶えたと思われたが、真田志んが純粋で正確な弾法の伝承者であることが分かり、志んによって筝曲八橋流は再興された。昭和44年には国の無形文化財に選択され、志んはその保持者の認定を受けた。また、志ん亡き後は志んの娘淑子が八橋流をさらに明確なものにし、長野市指定無形文化財に指定され、淑子はその保持者の認定を受けた。
 淑子が亡くなったことにより、宗家は消滅したが、門下生によりその特色ある筝曲を厳格に伝承している。
 真田志んが八橋流筝曲の再興と伝承に尽力したこと、また真田淑子がこれをより明確なものにしたことは非常に重要な、価値あることである。
 以上のように、日本の芸能史上、また長野市の文化を知るうえで貴重であることから平成15年8月11日、長野市指定無形文化財に指定された。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市松代町松代
文化財番号 224
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 無形文化財
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 市指定/市指定無形文化財/平成 15年8月11日/2003/8/11
上位階層目録ID
関連目録ID
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参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=360-48&mps=5000
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自治体史掲載
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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