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文化財名 聖林寺跡・同五輪塔群
文化財名(かな) しょうりんじあと・どうごりんとうぐん
欧文タイトル
資料名に関する注記
差出 作者
受取
製作者
年代 鎌倉時代、1262年(弘長2)創建
年代終
員数 面積 330㎡、五輪塔 約40基
形態
寸法(図録用)
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
その他の注記
言語
ISBN
ISSN
テーマ
地区別 豊野
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 鎌倉時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  現豊野観音堂の前身として鎌倉時代の弘長2年(1262)に創建されたといわれ、創建に関わって北条時頼回国伝説が伝えられている。それによると、時頼が当地へ立ち寄った際に授けていった千手観音像を本尊として創建したとされている。全盛時には塔中12坊を擁する大寺院であったといわれ、盛衰の後、江戸時代の享保14年(1729)観音堂の地へ移され、寺名は正行寺と改められた。寺跡は字東宇山の中腹にあり、古来大悲閣古跡と呼ばれ、貞享2年(1685)建立の板碑を中心に仮の組み合わせながら周辺から出土した五輪塔120基、宝篋印塔8基、六字名号碑、板碑残欠等が整理されて並んでいる。馬耳型突起が大きな関東型宝篋印塔の笠部残欠2点は、本来の塔の全高が200cmに及ぶ、県内でも稀な大型の宝篋印塔であったと推測される。
 また、周辺一帯は中世の太田庄神代郷の中心地と伝承され、伊豆毛神社旧社地(八雲台)と共に、これに関連した史跡である。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市豊野町豊野
文化財番号 270
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 史跡
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 市指定/市指定記念物/平成 17年1月1日/2005/1/1
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=177-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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