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解説
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鬼無里神社は、旧郷社で旧鬼無里村の産土神(うぶすながみ)で、在郷集落の上にある平坦地にあり、本殿・拝殿と神楽殿はL字形に配置されている。 本殿は、覆屋の中にあるため通常は見ることができないが、規模の大きい一間社(いっけんしゃ)流造(ながれづくり)の社殿である。向拝木鼻(こうはいきばな)や妻飾(つまかざり)の様式、あるいは海老虹梁(えびこうりょう)の絵様は18世紀前期の様式をもつが、彫り方は18世紀後期の手法で、彫りも深い。明治15年(1882)提出の『鬼無里村誌』(『長野縣町村誌』所収)では「享和年間(1801~1804)焼失・再建」とあるので、享和年間に焼失したとすれば、前身建物の様式を模倣したものと考えられる。 なお、社額・鏡台などの彫刻には幕末・明治期に屋台・神楽を造って活躍した工匠北村喜代松の作風がよくあらわれている。
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