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解説
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虫倉神社は、虫倉山の元穴に奥社があり、のちに里宮を建立し、通称「大姥様」とよばれる神社で、磐長姫命(いわながひめのみこと)・王母大神をまつる。弘化4年(1847)の地震で倒壊、嘉永2年(1849)に再建され、さらに明治12年(1879)に本殿・覆屋を再建したが大正5年(1916)に焼失し、現社殿は同9年の再建によるものである。虫倉山の山腹の鬼無里村を一望できる平坦地にあり、神楽殿を兼ねた拝殿と祝詞殿・本殿覆屋が接続している。 本殿は、一間社流造・こけら葺の社殿で、近世の伝統的な手法で造られている。しかし、時代が下っているので、木鼻の形や扉の形式、大瓶束の形などは近世にみられない形となっている。内部にさらに一間社流造の社殿がおさめられている。この社殿は母屋の柱が角柱で、正面のみに縁をつけた形式で、組物から屋根の材料は新しく、軸部は近世後期の様式をもっている。灯明による焼損や雨に当たった跡があるので、別の社殿を修理して、本殿内の神殿としたものとみられる。
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