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解説
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篠ノ井の祇園祭は、大正3年(1914)布施村が町制施行して篠ノ井町になったのを記念して始まりました。俄出し物は、最初は芝沢・内堀両区ともに神輿でしたが、昭和2年(1927)に内堀区が5尺(150cm)に4.5尺の大きな獅子頭と50尺の幌と山車を作り、それ以後内堀区では勢獅子が、芝沢区からは神輿が奉納されることが例となりました。戦争中一時中断しましたが、昭和25年東福寺村との合併を契機に復活しました。昭和33年(1958)には、芝沢区でも大型の獅子を新調して、両区の勢獅子が勢揃いしました。平成10年には2階建の踊り屋台も新調され、1階は鳴り物、2階は踊り舞台になっています。曲目は四丁目、踊りとお囃しは、上山田料理組合へ依頼しました。伝来は、権堂勢獅子の流れをくむと考えられています。冬季オリンピック招致の「北信濃獅子の会」やSO(スペシャルオリンピックス)の開会式には、権堂・松代・稲荷山の勢獅子と共の参加し、それらの獅子と並ぶ北信を代表する勢獅子の一つに数えられています。
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