|
解説
|
赤澤家は、旧文武学校の東にのびる通りで、殿町のほぼ中央、祢津小路の突き当たりに位置し、屋敷の北面に表門を構えている。この表門は薬医門形式で屋根はやや反りをもつ切妻造桟瓦葺で降り棟に丸瓦を用いている。左右に袖塀をつけ、西側に潜戸をたてる。装飾は、男梁(おはり)上に笈(おい)形付大瓶束(たいへいづか)を立て、破風拝みには鰭(ひれ)付き蕪懸魚(かぶらげぎょ)を施し、要所に絵様実肘木(さねひじき)を用いており、装飾性の高い門である。この門は、赤澤家が現在地に屋敷替えの後に、元住んでいた家老屋敷から門を移築したものであると伝えられ、上級武家屋敷の表門形式を受け継ぐ遺構である。建築年代は明治期と推察される。
|