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文化財名 牧之島城跡
文化財名(かな) まきのしまじょうあと
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年代 戦国時代
年代終
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テーマ 3川中島の戦いと伝承
地区別 信州新町
関連する人物・団体
検索用時代区分_文化財 室町時代
検索用時代区分_文化財コード
検索用時代区分_文化財終
検索用時代区分_文化財終コード
内容細目
解説  この城は、永禄9年(1566年)武田信玄が馬場信房(美濃守)に築かせ、越後に対する警衛と更級・水内山部の鎮撫にあてた城です。元香坂氏の居城牧城の一部で、天然の要害を利用して新たに縄張りしたもので、虎の口の丸馬出し、本丸脇の隠馬出し(千人桝)をはじめ、諸所に築城の妙を凝らしています。
 城の南、西、北の三方を犀川がめぐり、特に南側は断崖となっています。東の一方が山部に続く舌状台地のほぼ中央にあって、東側は南北に走る深谷によって断ち切られています。本丸は東西31間(56.1m)、南北28間(50.7m)、二の丸は東西48間(76.9m)南北22間(39.8m)で、その間を水堀で隔て、本丸北側に桝形があります。天正3年(1575年)馬場美濃守が長篠に戦死後、子信春が在城しましたが、天正10年(1582年)武田氏滅亡後、上杉景勝の属城となり、芋川親正父子等が置かれました。慶長3年(1598年)上杉景勝の会津移封後、海津城主田丸直昌、森忠政等がここを管し、慶長8年(1603年)海津城主となった松平忠輝は、はじめ老臣松平信直に在城させましたが、元和2年(1616年)忠輝が改易(所領没収)されると共に、牧之島城も廃城となりました。築城以来50年で城郭としての機能を失いました。
解説(英語)
来歴
来歴(英語)
所在 長野市信州新町牧野島
文化財番号 433
管理記号
カテゴリ区分
文化財種別 史跡
大分類 指定等文化財
中分類
小分類
文化財情報 県指定/県指定記念物/昭和 41年3月31日/1966/3/31
上位階層目録ID
関連目録ID
manifest.jsonへのURL
参照データ
長野市行政地図情報 https://www2.wagmap.jp/nagano/Map?mid=24&fid=92-48&mps=5000
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳の言語
権利関係・二次利用条件 独自規定あり
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DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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