|
解説
|
典厩寺は、千曲川沿いに面した篠ノ井杵淵に位置する。川中島古戦場の南方にあり、川中島合戦では、武田信玄の弟・武田典厩信繁の陣地と伝わる。死後、この地に信繁の遺骸が葬られ、典厩塚と呼ばれてきた。松代藩初代藩主真田信之の命により寺の名を松操山典厩寺と改めている。 典厩寺山門は、長国寺に建立された松代藩3代藩主真田幸道霊屋の表門を明治19年(1886)に移築したものとされる。建設年代は、絵様や部材の経年状況等から、真田幸道霊屋(現在、長国寺開山堂)と同時期の享保12年(1727)と推定される。山門は、切妻造桟瓦葺の四脚門で、棟には武田菱、両端には鯱が付けられている。良材を用いた丁寧なつくりで、門前景観を格式高く演出している。
|