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解説
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小坂家は、江戸時代には名主を務めた農家で、地域の水防や農業水利を取り仕切る堰守などの要職を務めてきた。近代には地域の名士として活躍し、地域産業の振興と郷土文化育成に尽くすとともに、国会議員などを歴任した。屋敷地は、千曲川左岸に位置し、主屋の廻りを土蔵が取り囲み、屋敷周りを土塀がめぐる。北信地方の民家の特徴を示す大型住宅主屋と江戸時代末期の景観が残る重要な建造物群である。国の登録有形文化財の建物は、主屋・米蔵・裏倉庫・農機具庫・味噌蔵・長屋門・裏門・土塀の8棟である。 小坂家住宅米蔵は、敷地南西隅に南北棟で建つ。土蔵造一部二階建、切妻造、置屋根形式の桟瓦葺で、東面中央の戸口に吹放しの下屋を付す。外壁は中塗で鉢巻や戸口、窓廻りを漆喰で仕上げる。内部は壁を板張とする。旧家の屋敷構えを引立てる幕末の大型土蔵。建築年代は、江戸時代末期、安政2年(1855)の棟札が残されている。穀物の貯蔵を主目的とした建物である。
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