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解説
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小坂家は、江戸時代には名主を務めた農家で、地域の水防や農業水利を取り仕切る堰守などの要職を務めてきた。近代には地域の名士として活躍し、地域産業の振興と郷土文化育成に尽くすとともに、国会議員などを歴任した。屋敷地は、千曲川左岸に位置し、主屋の廻りを土蔵が取り囲み、屋敷周りを土塀がめぐる。北信地方の民家の特徴を示す大型住宅主屋と江戸時代末期の景観が残る重要な建造物群である。国の登録有形文化財の建物は、主屋・米蔵・裏倉庫・農機具庫・味噌蔵・長屋門・裏門・土塀の8棟である。 小坂家住宅土塀は、敷地南西隅の米蔵から北辺東寄りの裏倉庫まで矩折れに廻らし北・西面を画す土塀で、両端に片開戸を開く。土台上の柱から腕木を出して軒桁を受け、化粧裏板を張り桟瓦を葺く。西面塀外壁は大壁で腰を簓子下見板、北面塀は真壁とする。農村景観に寄与する土塀。総延長58メートルを計る。建物と屋敷を囲む土塀が一体となり、近世以来の由緒ある屋敷地の景観を維持している。
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