郵便物は、深沢の切通しまで運び、長南局から送られてきたものと交換した。職員の勤務は、平日は、朝八時から夕方の八時まで、日曜も正午までと定められ、自転車など勿論ない時代なので、集配はすべて徒歩で、その苦労は大変なものだった。明治三六年前後の「刑部局勢一覧」をみると普通郵便配達数が、
表1 通常郵便(局勢一覧表より) |
年度 | 普 通 | 書 留 | 価格表記 | |||
引受数 | 配達数 | 引受数 | 配達数 | 引受数 | 配達数 | |
明治35 | 24,911 | 46,950 | 319 | 371 | 106 | 14 |
36 | 22,142 | 44,537 | 324 | 275 | 139 | 30 |
37 | 25,163 | 58,188 | 324 | 341 | 178 | 52 |
となっているので、毎日一人平均四〇通前後を配達することになる。片道一〇粁以上も歩かねばならぬ部落もあるから、一日に歩く距離は、三〇粁をこすであろう。
つぎに職員の手当をみると、局長が月額二円、局員が一人二円三四銭となっている。当時米価は石一〇円をくだらなかったので、仕事に比して極めて低い。言わば、郵便事業の発達は、地方の篤志家や、それに携わった人達の奉仕的な働きによって、築き上げられたものであろう。さらに、「局勢一覧」から、郵便取扱高と経理状況の一部を示しておく。(前頁表1―表3)
表2 小包郵便(局勢一覧表より) |
年度 | 小包郵便 | 年度 | 配達区内 | ||
引受数 | 配達数 | 戸 数 | 人 口 | ||
明治35 | 118 | 508 | 明治35 | 1,143 | 6,848 |
36 | 148 | 539 | 36 | 1,156 | 7,005 |
37 | 202 | 610 | 38 | 1,151 | 6,496 |
表3 経理会計状況(局勢一覧表より) |
明36年 | 明37年 | ||||
切手類売下代 | 定価 | 330,795 | 351,527 | ||
割引 | 147,020 | 196,035 | |||
収入印紙代 | 定価 | 26,840 | 17,270 | ||
割引 | 6,750 | 4,550 | |||
経 費 | 局長手当 | 24,000 | 24,000 | ||
局員給料 | 140,400 | 140,400 | |||
雑 費 | 46,800 | 46,800 | |||
集 配 費 | 郵 便 費 | 284,400 | 284,400 | ||
小包郵便費 | ― | ― | |||
電 信 費 | ― | ― | |||
逓 送 費 | 郵 便 費 | 155,616 | 120,000 | ||
小包郵便費 | ― | ― | |||
其 他 | 9,541 | 15,927 | |||
総 計 | 660,757 | 631,527 | |||
備 考 | 局長1 局員5 | 局長1 局員5 |
業務実態 水上局 |
業 務 | 開始年月 | 国の開始年 |
1.郵便 | 明治25年6月10日 | 明治4年3月 |
2.為替貯金 | 〃 6月10日 | 〃 8年1月 |
3.小包郵便 | 〃 6月10日 | 〃 25年6月 |
4.簡易保険 | 大正15年10月1日 | 大正5年10月 |
5.郵便年金 | 大正15年10月1日 | 大正15年10月 |
6.電信 | 昭和12年11月15日 | 明治11年3月 |
7.電話 | 〃 | 〃 23年12月 |
8.電話自動化 | 昭和50年1月28日 | 交換事務中止 |