御家譜御遺訓

御家譜御遺訓 [目録]


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<翻 刻>
 
管理番号 二六
 
 遠山文書 番号三一九
 
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御家譜入
 
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   御遺訓
一大御所駿府御在城之時江戸にて 将軍家太田
 と云士に知行五百石被下候得ハ太田御折紙を 御前
 になけすて罷立候ゆへ 大樹以之外御いかり被遊此
 者を御成敗可被 仰付候かとの 上意なり然る所に
 井上主計頭うけ給り此者ハ 駿河様御懇之
 者にて御座候間一旦御窺被遊可然奉存と申上
 けれハ然らハ汝駿河へ参り此旨申上候へとの 上意
 にて則主計頭駿河へ参而惣而 将軍家ハ何様
 
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 の儀にても 駿河様と申上候へハ御いきとをりを御
 やめ被成候故主計如此申上候扨主計頭駿河へ参り
 大御所へ御目見申上候へハ江戸替事ハなきかと御尋
 被成候時主計頭謹而申上るは江戸別条無御座候
 今度私儀御上せ被成候ハ先日太田の何某に御知行
 五百石被下候得ハ如此と申上候時 大御所殊之外の
 御機嫌にて扨々松平繁昌目出度事かな其慮
外ハ彼の者云にあらす夫ハ唯 将軍のいわせらるゝに
てこそあれ子細ハ 秀忠は天下の主たり世ハ太
 
 
   御遺訓
一大御所駿府御在城之時江戸にて 将軍家太田と云士に
 知行五百石被下候得ハ太田御折紙を 御前になけすて
 罷立候ゆへ 大樹以之外御いかり被遊此者を御成敗可被 仰
 付候かとの 上意なり然る所に井上主計頭うけ給り此者
 ハ 駿河様御懇之者にて御座候間一旦御窺被遊可然
 奉存と申上ければ然らハ汝駿河へ参り此旨申上候へと
 の 上意にて則主計頭駿河へ参而惣而 将軍家ハ
 何様の儀にても 駿河様と申上候へハ御いきとをりを御や
 め被成候故主計如此申上候扨主計頭駿河へ参り 大御
 所へ御目見申上候へハ江戸替事ハなきかと御尋被成候時
 
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 主計頭謹而申上るは江戸別条無御坐候今度私儀御上
 せ被成候ハ先日太田の何某に御知行五百石被下候得ハ如此と
 申上候時 大御所殊之外之御機嫌にて扨々松平繁昌
 目出度事かな其慮外ハ彼の者云にあらず夫ハ唯 将軍
 のいわせらるにてこそあれ子細ハ 秀忠は天下の主たり
 世は太平也位ハ三公なれバ何程高上に致され太田ごとき
 者などハ今度の慮外十分一の事にて何様の罪に行ハるゝ
 とも天下の者誰か非儀と可申や然る所に彼か賜る品の知
 行かれが功にあたらざるかと予に可尋ため汝を是迄
 差越るゝ事 将軍の天下の政事に心を用ひらるゝ事
 不浅儀也とて御なミだをもよをされ候扨主計頭に御意
 
 
 被成候ハ是に付一ツの物語すへし汝能承候得予三州在城
 の時若 勅使 上使其外晴かまし起事有之時の用意
 に三尺にあまる鯉三ツ泉水に入置候有時是を見るに中
 にも大なる鯉一ツ不見候故其所に掛りたる掃除坊主に
 かこひ悪敷して狐にとられたるかととへハ此者申様其
 鯉ハ鈴木久三郎拝領申たるとて御台所へ持参り料理仕
 たべ候て人々にも振廻 信長公より参たる御酒の心味仕候
 へと御意のよしにて御樽の封をきりたべ候と申ニ付台
 所の者に尋ぬれハ彼坊主が申ごとくなり二色共に予さへ
 たしなミ置に我侭なるやつかなケ様の者其分にて置な
 バ諸士の風儀悪敷成へし呼付け成敗すへきと思い呼に
 
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 遣し長刀のさやをはづし広縁に出て彼を待処に久三郎
 めは傍輩ども内通しけれとも事ともせす予か前
 へ出候時間を十間程をきにくきやつめと言葉をかけ長
 刀にかけんとせしに久三郎是を見て己が刀脇差を五六間
 跡へなげすて予にむかい大の眼をきつと見ひらき偖々
 おろかなる御大将かな魚鳥に人間をならばる非法何国に御
 座候哉それにて中々天下の望ハ成り申間敷とて却而
 予に悪口せし時実にと思ひ当り抜たる長刀を捨奥に入
 り能々彼れが心中をおもひはかるに近き頃走りもの一人
 留場にて鳥を取り一人は城の堀にて網を打此両人を追込
 召置しが是を云へきため態と鯉を料理したるなれバ
 
 
 少も慮外にてなし偏に予の為をなけきての事と思案
 し彼の走り者両人も奉公に出し候へと申付則久三郎を呼
 出し汝が心さし満足なりといへバ久三郎涙をなかし扨々
 難有 御意にて御座候泰平の世にて候ハヽひそかに可申上儀
 に候得共今乱国にて御座候故如斯申上候乱国には私こときの末
 々の侍も少成とも勇気御坐候か御為と奉存此通りに候
 ゆめ/\私の威を振ひ気随意にて無御座と申付一入彼者
 の忠信を感し秘蔵におもひし也昔も今も諸侍の忠
 信ハ唯大将の心にありケ様成事を武道無案内の者が半分
 から聞ひてハ此者武功にほこる様に申なす者と心を静め
 聞候へ忠信の者ならでおもひ切たる事ハいわぬものなり主ハ
 
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 おそろしきもの成故其気にあらざるいさめを経申事ハ軍
 陣にて大敵の中へかけ入るよりハ一ときハ大儀なり子細ハ大
 敵の中へかけ入り候てハ大利を得候者多し主人に悪敷お
 もわれてハ品により身命妻子迄ものかれかたき事有り
 是を知りなから其禍をかへりミず思い切て云ハ大剛大忠の
 者なり惣而国を治め天下の主たる者ハ漏る船の内に座し
 焼る家の下に臥し心根を忘れす諸人志を正し考候
 たとへ何の役にもたゝさる事なりとも思ひ切つて云事ハ
 むさと捨ぬ物そいかにとなれは其事の用に立さるは其
 者の愚成るゆへなり然共其志は忠信なり又かれらこと
 きの軽進退の者を羽武者といふたとへハ国家ハ一つの鳥の
 
 
 ことし鳥のここらさしは大将なり羽ぶし是を侍大将と申し
 風きり七つ羽尾の羽を諸侍にたとへて是を羽武者といふ
 此羽ハ分別もいわさる羽ぶしに付強を第一とすこのことくに太
 田などごときの者ハ唯実儀にして頭の下知を能聞強を第
 一とするそ鳥も羽ぶし是にも動静のことくに侍大将足軽の
 大頭なとハけなげ一へんにてハ難成そ扨又口ばしを家老に
 たとへて是ハ分別第一の役也其外の毛ハ百姓職人町人惣而一
 切の国民になそらへたるぞ鳥の心侭に飛行をなすがことくに大
 将の内に有て依怙贔屓なく邪正をはたし善政を行ハヾ
 其外士農工商の志を一つにして主人の為に身命を惜まぬゆへ
 千万の敵にむかひ千里の道を行も心安遠からざるぞ又大将の
 
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 諸士万民をおもふ事我が身に同しと云事ハたとへハ鷹の
 毛をおしむがことし鷹ハ口ばしを利剣とし心に勇気をふ
 くむといへとも一羽を損するを悲しミありけにあいても足にて
 網を押し上げ身を地につけて少もうごかざるハ羽を惜む
 故也又狩をして鳥獣を取も我一人の慰にするハ大成る僻
 事也狩をするハ心持あり第一ハ軍法のならし戦の稽古の為
 又ハすへ/\の民の憂ひ歎きを聞へきためなれハ民をすごく
 む政の一つの端しぞ然共多人数をつれ民の耕作の時を
 さまたげ田畑の作毛をそこなふハ却而民の大なる愁をなし
 天道に背き勿体なき事ぞされば能心得て狩をすへし人
 民を苦しむる事なかれ是予籏本中の事にあらす日
 
 
 本ともに武道のすてられつる事吾朝の本意也其故ハ日
 本太平にして武道におこたる時ハ異国より日本をうかゝひ又
 異国太平にして武道おこたるとき韃靼日本なとより大明
 をうかゝうぞ彼の秀吉朝鮮の軍も是也然者日本の武将
 ハ此心第一なり小を以て大を積れ一人六具をしめ大小をさし
 長器をたずさへ深山に唯独りふせり候とも人間ハいふに不
 及天魔鬼神もおそれをなさで有へきか又大軍多勢
 にても武の心懸おこたり武勇の備へ立されバおそるゝにた
 らざるも爰を以武威の大事をよくしれ武道の本意を不
 知者ハ国/\のさわりと成るものされハ武家の大宝とハ武
 具そ抑和漢に古今不易の大宝有り先日本の大宝を
 
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 三種の神祇と云此三種ハ神爾宝剣内侍所也神爾は
 神の印といふ其理ハ正直宝剣ハ村雲の剣と云其理慈
 悲内侍所ハ鏡と云其理ハ智恵此三種の神徳ハ万年の根
 元ぞ此慈悲と智恵と正直とを三種の六字と言ぞ先慈
 悲を万の根元とす慈悲に出たる正直が誠の正直ぞ慈悲
 なき正直ハ刻薄といひて不正直ぞ又慈悲より出たる智恵
 が誠の智恵そ慈悲なき智恵ハ邪知なり漢には此大宝を
 知仁勇の三徳と云住吉大明神の詫宣にハ我に無神体
 慈悲を以神体とす我に無神力正直を以神力とす我に
 無神通知恵を以神通とす我に無奇特無事を以奇特と
 す我に無方便柔和を以方便とすと有しぞ忘れても無理
 
 
 非道なる事を行ハされ凡悪逆ハ我か身の私欲より出て天下の
 乱ハ君と家老との奢より出るそ人民の安堵ハうれへなくして
 各我が家職を能勤るにあり天下太平治世長久は上たる人の
 慈悲に有ぞ慈悲とハ仁の道そ奢りをさつて仁を万の根元と定
 め天下を治め給へと申べし
一又 上意に汝能聞此一身の道理をのぶれバ天地にミち天地の
 道理をちゝむれバ一身の内にかくるゝ也此心の持様ハ命の長短
 身の善悪替り有り長命善し道を好む者ハ苦き薬を
 呑無病なれとも其灸をし心を我侭に持たる様に長命安
 閑也天下国家を治る事又如是也何事も我か身にたくらへ
 てなす時ハひが事なし君につこふる者我家人をつかふて
 
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 其心にて主人につかへよ其故ハ我か下人我に不忠非法をなす
 時ハ是をいかり能つかふる時ハ悦是眼前の儀也尤天下国家の
 政道も我が身にたくらへてなすへし其心得ハ広き天下を
 一身にちゞめ又ほそき一身を天下にひろめて政道をなし給へ
 と申へしたとへハ天下ハ将軍の身武道ハ将軍の心と心得
 られ臣下ハ将軍の五官とハ耳目鼻口手足也此五品ハ五
 つの官人なり心は主君なり目ハ見る事を心につけ耳ハ聞
 事を心に告鼻ハ香を心につげ舌ハ味を心に告惣身ハ寒
 暑痛痒を心に告る也五官銘々の得たる事を心に告知
 らする時心是を受て是非をわかりてそれ/\の下知をなす
 ことくに主人ハ人々の得たる所を見付て是をつかい善悪
 
 
 邪正を正して政道を明君良将と言ひて扨また下人も我が
 不得手の役儀を言付られバ有体に申て得たる者に調させ
 又我か得たる事あらハ我か方より望ても勤るを忠臣と
 言ぞ凡主人懇なれハ利発だてをして我が不得手の事
 も得たる様に仕なし主をたばらかすハ不忠の至極也尤主
 人もおろかなりされバ目鼻一所にあれども目のわきを鼻
 しらず鼻のわざを目不知是にて事をかんがへみよ人事も
 如此ぞ
一我か心にて考みよ我か為に悪敷事ハ人の為にもあしく人の
 家の柔弱無道なるをみて誰れか是をあなどらざらん我が
 柔弱無道ならば人又我か家をあなとるへしと知るへし身を
 
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 以て人の心に当り人の好むよき物を好ミ人の悪む悪敷物
 をにくむべし悪逆無道の者忽ち罪におこなふハ武道也少
 もゆるかせにして民を苦しめさするハ天下の主の甲斐なし是
 を柔和と言その咄の次に無逢の臣に国柄をとらする内ハ政道
 に依怙贔屓有之諸人へ物をうとむ物ぞ若又其無道の臣に
 血気の勇有時ハ主君か亡び勇猛にひるむ様に亦思ひなし主
 君の威ハ薄くなる物ぞ何れも民を苦しめ私欲深き将に郡
 国をあたゆる事なかれとく取ひしくべし子細ハ謀叛逆心ハ
 私欲ふかき者のなすわさぞ若又異儀に及ハヽ是を討へし天
 下の主として依怙贔屓有時ハ天下の権柄を天道取上給
 ふ故天下を失ひ一家悉く亡るとしれ若悪逆の臣に恐れ
 
 
 ひるむ心根にてもあらは神明はなたれ弓矢の冥加尽はて
 是又家の滅亡なり毛頭も依怙贔屓なく慈悲を万の本と
 して善を以悪を討に何の恐れか有るや汝能聞け汝こときの
 主の心に叶ひたる者ハ一世の中をおもふ物にてハなきぞ其故ハ
 人間の生死不定にて今日有身ハ明日しられぬぞ此心をふま
 へよ汝信濃大蔵と三人を心安被仕内にも一入汝を心安被仕与
 覚たり然るに右之生死不知事をおもひよりたとへバ用事
 有る時三度共に汝に言付らるゝとも一度ハ信濃一度ハ大蔵
 一度ハ汝調よ是を二世をはかりて奉公誠の忠臣と言ぞ
 されば今川義元ハ臨済寺の雪山和尚唯一人と相談にての
 仕置成し国ハ無事なれとも家老の威なし雪山死去の
 
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 後義元の仕置ハ本のことくなれとも諸人うたかひをなし
 義元の籏先弱く成つて今川家終に滅亡せしなり惣而
 能者にても一人にまかする時ハ万人の恨多しまして何事も
 まハりたる能人ハ昔も今も稀なれハ一事によけれとも一方に
 あしき事有物なり然るに一人に権を執つて万事を行ふ
 時ハ年をおつてよこしま多く成つて少々能政出ても諸
 人是を仰ず疑ひ恨むる故次第に主人の威かろく成て
 心々の心へだ/\になり終に天下国家の滅亡の初めとなるぞ
 是にて物の心を能しれ汝等此心なく若一人にて威を振ハヾ
 将軍の為にハ汝等共ハ能敵そ子細家老一人にて威を振ひ万
 一其家能治る事有とても其者百年の跡ハ其家のあたとなる
 
 
 物ぞ又己欲心深くして主君の気に入ば速に威を振ひ奢る者
 有とて侈る者ハ其家の強敵天下の禍ひとそ成物誠に忠
 臣の深き者ハ能智恵己にあれバ其智恵を仲間に譲りて
 天下に広め一国の臣者一国より広む家柄ぞ能々此所を合点
 いたし人をかたりつけてつかわさるやうに折々心を付申べし
 一人に威をふるわするハ主のあやまり扨又忠臣深き者ハたとへバ
 主のおろかにして一人に権柄をとらするとてもかの生死の
 定なき事を考て一人つかさとらざる物そ又万事ハそれ/\の
 道になれて功有者に尋聞又ハ談合すべし愚にても一
 事に賢き者有り渡辺の何某ハ常にかしこからさる物にて
 袂に米を入れ殿中にても是を喰ふ又闇所ハ行事ならす子共
 
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 なりとも先立れバ行者なりしが槍を取てハ無双の勇者
 也去程に天正の長久手合戦の時五騎つれて物見に出る然る
 所に大手の影に敵五十騎計伏たりしが此五人の武者を見てお
 こりたりし時渡辺真先に退く時第一跡の者渡辺がうつ
 けにて心の剛成る事を能知り渡辺返し候返し申さずハ男ハ
 成間敷そといへバ槍の柄を横にして片膝を折て順に返し候
 へと言時跡之者申ハ相談なり退候へと言時渡辺申ハ誓文を立
 て候へバとて少も退べき覚悟無之故跡の者八幡御勘当ぞと
 言時立上り引取跡の分別にハ渡辺をゑばにかいて心安退へき
 とおもひ候へハ常のうつけとハ替り首尾を合心しづかに退たり
 此所ハ深田の中の畦道成りし故鑓を横にしたり渡辺常に
 
 
 替り如斯なるぞ武道にハ賢き所有此心を以て下賤の者亦ハ
 愚人たりとも其道に得たる者にハ其事を尋ぬへし諸人の申
 事を不捨それ/\の道に達する人を取用ひ給へと申べし就中
 武道の無案内なる家ハ諸士の風俗柔弱非儀になりて武勇
 なけれハ一戦に負る時ハ罪なきミどり子にても一時に亡ぬるハ古
 今ためし多し武家に生れて武道おろかなるハ鼠とらさる
 猫のことし公家と武家との替りハたとへバかねならは公家ハ
 金銀のことし武家ハ鉄に同し然るに人民金銀を好て鉄の
 大宝なる事をしらす其故ハ鉄ハ宝器の本也五穀を作り竹
 木をきり朝夕の食を調置尤国天下の乱を払ひ太平をいた
 す事鉄の用多し誠に大宝の長たる者なり爰をみつゝひた
 
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 すら金銀をのミ好ぬれバわざハひの謀となるぞ武家武道
 におこたり公家風になるハ刀脇差を仕かへ金銀を巾着に入丸腰
 にて往来して命失なふすに同し唯各家職を能勤者を
 あけ主人を疑ふ様に仕置をおろかにして武家の本意を不
 知故也籏本ハ言に不及天下の不疑様に政道被仕候へと申へし疑
 多ハ誠なきなり
一太殿千間夜臥八尺良田万頃日食二升とて千畳敷万畳敷の
 家を持ても臥所ハたゞ一畳也又前に八珍をつらぬるとも食す
 る所ハ口に叶ふもの二三種に不過天下の主にてもつゞまる所ハ只一飯
 より外ハなし然るを何ぞや民を苦しめひたすらに身の用を
 好ミ金銀をたくハへ身にかわり家人の思ひ付さる様にするハ愚なる
 
 
 次第也如斯手の身へさる心底の太宗は我が股をさきて我が腹
 に食するにたとへられたり民ハ本我と民背き離れて君を
 亡フなり股の肉を食し腹を養ふといへとも股の肉つきぬれバ
 我が身亡るがことし
一汝等能心得よ一人威を振ひ一人主君の用に立へきとおもふハうつ
 け者か又奢もの也万端を我一人にて可勤と思ふへからすたとへバ
 汝今爰に居なから江戸の用ハ何とつとめんや是にて万事をはか
 り縦令主人の愛きやう有て我れを用ひらるゝとも忠儀を思
 ハヽ諸人に権を譲り諸人君に不足のなきやうにと覚悟
 なすを誠の忠臣と言り如斯心得奢をさつて私欲を去へし
一又 上意必家おとろゑんとてハ柔弱非礼を好ぬれば公家風
 
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 の男国の権柄を取て終に家を破る物ぞ武家にて武道不
 好家ハ必臆病成ものぞ臆病なる者ハ必かさつにして奢強き
 物也侈強き者ハ主よりも己か威を振ふ物ぞ誠に主に忠
 臣者ハ大身高位に成程主の恩を深くおもひ大小上下を撰ハす
 人に対するにやわらかにして慈悲深く位より身をも詞を
 もひきさげ温和なるを誠の忠臣といふぞ縦ハ松ハ根入深き
 故常盤の色千里を経るそ松にかゝれる藤ハ根入かすかにて
 のび上り己が根かんかくす後にハ松を目の下に見なし必松
 をまきからし藤もともに枯はつるものなり侈者ハ松にかゝ
 れる藤のことく国家の安危をも顧ず我か智分の浅をも不弁
 只鼻の先の才覚にて己が利口をたて主をたぶらかし傍輩
 
 
 をかすめ己の欲を第一にして種々様々の新法なとを言ひ出し
 必主の家を破る物ぞ新法を立古法を破る事なかれおろかな
 がら予か家の政道清康公広忠公の御政道を請多年工夫
 を以老功の家老と相談の上にて定おく政道也然るを大に
 替りたる珍敷事なきに主の心に叶ふたるとて無益の事を
 工ミ出し家法を不可乱若し左様の人を用い給ハヽ将軍の
 予に大不孝成べきそ其上清康公の家老共の末々ハめい/\の
 先祖の上今更大に替たる事なきそ時の権にほこりてけつら
 れぬ事を無念におもふへし道も不思考ハ腰ぬけそ子細ハ親の
 敵を討にて万事の心をしれ時を得たりとてよしなき事を工ミ
 出し将軍の敵となるな内々言聞することくつり合を詮に用
 
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 ひ給へと申へし定而将軍も其覚悟成へしと 上意有けれバ
 主計頭申上るハ 上意のことく万事御定の通り被仰付候
 新知又ハ御加増御役替等之儀ハ御家老中不残被為召吟味仕
 候へと被仰出御家老中一同の上にて新知御加増被下候御役替ハ
 御役儀の様子其番頭に被 仰渡其組々の頭致吟味御家老
 中よりの書付上り申候其上にて水野酒井阿部井伊本多
 榊原大久保内藤此外一流/\の氏/\を御正しなされ甲乙なき
 やうに被 仰付候又当坐呉服金銀の御褒美被 仰付候時ハ信濃
 大蔵私三人を御召被成御内談にて被 仰付候尤先例の御引付の
 儀ハ御帳を以被 仰付候と申上けれバ又 上意に今之政道ハ予先
 祖よりの御政道ぞいまた三州一国手に入さる時も今又天下の事を
 
 
 取行ひ候ても其大小ハ替れとも其基ハ一致そ若此政道を改
 めんと言者あらバ乱臣なりと知へし其故ハ尊氏義満の政
 道を細川山名鼻山(畠山カ)等破りて後ハ将軍ハ名計にて各国を押領
 し既に幾内迄押領して山名ハ十一ケ国の主たり故に六分一と
 言ひたりとや日本六十六ケ国の内を十一ケ国領知せし故也又三好
 左京太夫ハ父の政道を破り公方義輝を討三好か内の松永ハ我か
 威を立て又三好を討武田信玄ハ信虎の家法を破る五十余ケ条
 の新法を出すは大望有故也尤信長是に同し先祖の行
 跡を非に見て家法を破り又足利将軍公方義持父之政
 道を奢と見て引籠り思案して次第に家衰へ後にハ公
 方将軍と云名計にて物事心之侭ならされハ諸国の大名共に
 
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 是を頼彼を頼とあれとも一度も不成就旦那坊主の堂寺
 建立の勧進するがことくいと見苦敷事ぞ扨大内義隆上杉
 憲政今川氏直武田勝頼品こそ替れ先祖を非に見て
 家法を破り身を失ひたり親と一心一致の家老のよき諫
 言を用ひさるも則親を非に見ると同し当家の儀ハ言に不及
 天下の諸大名先祖の家法をかゆる家あらは能々念を入内證
 を聞糺すへし大望有て替るか又ハ私欲深くして一寸先を
 しらす人民をくるしめ民のしらむを取て金銀となし蔵
 に入へき為に古法を替る事も有へしかやう成者ハ何にても
 天下国家の騒動のもとひぞ如此家おとろゆる時ハ正敷人ハ
 去り愚にて邪成者ハ出国柄を取ゆへ左様のものハ金銀を貯へ
 
 
 蔵に入るを主の為とおもふ物ぞ汝能心得よ主の為と言ハ善
 人をすゝめ上て主君に用ひさせ人民をあわれみ諸人安堵して
 其国安穏に治る様にするを主君の為ともいひ又天下の人の忠
 とも言ぞ旗本ハ言に不及尤天下の諸大名其末々迄も銘々の
 家職を能勤め其家を能治め先祖の家法を不失若先祖の家
 法を破り諸人の苦しむ事有ハ思案工夫をなし老功の臣と相
 談して能きやうに改る事又忠孝也是やむ事得ずして改る
 なり好て改るにあらす先祖の功にて取たりし国郡を取なから
 其先祖の仕置きを我侭に改たつハ不孝の至極也人間の
 習ひに親先祖の敵を討にて是を考よ惣而其先祖を忘
 さるが人の道ぞ武家ハ静謐の世に乱を不忘我が身の奢を
 
36     画像(翻刻付)

 
 糺して慈悲を万の根元として家職をつとめ其家を無
 事に治るハ善人なり忠信深き人也かやうの人を賞翫すべし
一又 上意に三州にて五月半に城近所へ出けれバ百姓共田を植
 る中に勝れて色白き男有近々と寄てミれハ田の畔に棒
 を立て箕笠を掛け其中に刀脇差を結ひつけて置たり不審
 に思ひ弥近寄よく/\見れハ家人の近藤也人を遣して呼け
 れども近藤空聞して返事せす使の侍に手を引て参候へと
 申付る使の侍彼の田の中へ入時近藤使の侍に申ハ待給へ手水
 をつかひ参るべしと顔を洗ひ大小をさし予が前に出る其時
 予近藤に申聞するハ扨々汝が働き不及是非事也予小身
 にてはか/\敷心付け難成故知行取身にて左様のいやしき
 
 
 業をさせ候事無是非なりとて涙を流し候へハ近藤も涙を
 流したり此近藤ハかやうなる似合さる事まてかせぎ尤朝夕の
 衣食などハ極めてかすかにして武具下人等身体ニ勝れ武勇
 においてハ度々誉れあり忠深きものなり或時此近藤に知行
 加増し大賀弥四郎か預りの代官所にて遣けれハ弥四郎おのれが
 取成にて能き知行を遣候様にいひ出し候へハ近藤こらへぬ者にて
 家老共処へ来て申ハ今度の御加増弥四郎取成にて被下候やうに
 申候若左様にて候ハヽ御加増知行差上申へく候子細ハ無道千
 万の弥四郎などが取成にて御加増拝領仕候半より唯本の分
 にて被召置被下候やうにと申に付家老共無是非予に告るゆへ
 如何様子細可有事と思ひ近藤か申処尤也中々弥四郎取成に
 
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 てハ無之と申に付近藤其分にて受之其後ひそかに近藤を
 呼ひ様子を尋聞バ近藤申ハ私儀御懇にほこりかやうの慮外
 を申上るにて無御座候弥四郎事 両殿様の御意に応し申
 事双ひなきやうに諸人奉存候故弥四郎奢不大形其上弥
 四郎悪心深き者ゆへ御家中の諸人 両殿様より還て弥四郎
 に恐れ申候其子細ハ 殿様の御意に少々違候てもじねん
 にハ御じひを以御免被成候事度々御座候弥四郎に少にても
 にくまれ候へハ忽に身体滅亡仕様になり行候故恐申候憚多き
 儀に御座候得共此段御詮議御延引候ハヽ御当家の一大事にも成
 可申候と奉存候御家中大小共に色々様々の事共申候主君
 の御事にて御座候間差出候てなりとも申上度存候得共其役人
 
 
 にて無御座候故序を待罷在候此度を能き序と奉存如此申上候
 様子之段々御横目衆に御聞せあそハされ可然と申に付横目共に
 聞せ候へハ弥四郎悪事不大形早々家老迄召寄せ偖々其方なと
 左様可有事とハ夢計おもいさりしぞ弥四郎奢不大形由聞
 付候何とて予に不申聞やといへば家老共申ハ 御意の通り
 弥四郎奢ハ以の外成儀に御座候就夫何も打寄度々相談
 仕候得共決断不仕年月を暮申候子細ハ 両殿様御意に応
 したる事双ふ者御座なく候ゆへ弥四郎事ハ何やうの悪事
 仕候と申上候ても少も御取上不被成候結句家老共申上る事ハ
 御削被成候様に御座候に付申上候ても御為にも不成事に却而
 御勘気を蒙り候ても無詮事に奉存候只今迄其分にて
 
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 罷在候と何も口を揃て申に付弥四郎を預置き家内を闕所
 して見れバ謀叛可仕と勝頼に申通したる勝頼の返事
 有之故則弥四郎めを手いたく成敗せしぞ扨弥四郎如此成候様
 子を後に細に聞ひて予小栗と匂坂に目付を言ひ付置に
 或時弥四郎手(ママ)立に匂坂を己が所に呼寄せ密に小栗ケ様の事
 あり其方ハ知りたるやといへバ匂坂不存と申に付御目付衆言上
 申たるに付定而其方にも御尋可被成そ此様子具に言上仕候へ
 我れ其方に聞したると不可言といひ含め扨其後予に言
 けるハ小栗の如此の不届者にて御座候其様子ハ匂坂能存候と申小
 栗ハ其罪の事ハあらハして吟味仕程の事にても無之
 さすが指許す事もなき也匂坂を呼尋けれバ弥四郎が
 
 
 申分と割符を合せたるやうなるゆへ小栗を閉門させたり
 其後弥四郎己か出入仕候ものにハ己か悪事を悉是々小栗言
 上仕ると某に御尋被成候間左様にて無御座候と具に申候へば
 扨々小栗にくきやつなり即刻御成敗可被仰付との御意に候得
 共慈悲ハ上よりとおもひ色々御侘言申上先閉門させ候といひ
 しとや是ハ我か悪を主人に人の訴へさるやうにとの手立也
 史記に曰事以密を成り語ハ以他を敗るとあり又易に曰機事
不密則害成と言り然る時ハ何として其者の悪を何某か言
上したりしとて其者にいひ聞すべきや是主君たる者の第一
つゝしむ所なれハ弥四郎か非を聞ひて小栗が予に告たり
と弥四郎に聞すへき道なし然共弥四郎めわる智恵のあく
 
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 まて逞しき者なるにより予彼れに気呑れしゆへ家来の
 諸人ハ彼れが悪を能しれとも心に思ひなから是を言事ならす
 家中悉弥四郎におそれ弥四郎が悪事ハ能しれたる事なれバ
 扨は小栗忠義にて申上ても如此成行なれハ何を存候ても徒
 事成とて家老目付も身をかこひ何事もいわすかの弥四郎
 め小栗に意趣ハなけれとも悪敷批判する者あれバ是に虚
 言をいひかけ目付にいわせたりとや又家老共予に遠慮の本ハ或時に鷹
 野に可出と云に家老ともハ無用と云弥四郎ハ可然と言ひたり弥四郎
 ハ予か心にしたかひいひしゆへ弥四郎申分よしとて鷹野へ出たり
 かやうの功にも不立事とも二三度有しより家老共心にハとかく
 弥四郎申事をのミ用ゆると思ひしに付て次第に少宛遠慮の心
 
 
 出来右之通に成行也彼近藤か忠節の訴へ今少おそくハ予か家危
 き物也偖弥四郎か奢にて悪事出来可仕と思ひ家老共色々内談
 せしかとも彼者之儀如斯と有様に言上せはかれをそねミてか
 くハいふぞと予に思われん事口惜おもひ唯弥四郎儀闇討にす
 家か又ハ家老共の内鬮取して差違へんと思へ共是又他国の聞へ
 如何なり然る時ハ家に悪事出来せハ何も枕をならべ討死すべしと
 覚悟を極申たるとなん又弥四郎金銀の奉行共と心を合せ金
 銀を盗たりしを横目共予に言ひ聞すれ共予曽て取あけす
 又家老共にも隠し知行を遣し金銀遣し何事も此者に逢
 候てハ予か知恵もくもると家中こそつていひしことなりそもや
 国家を治る者左様のつたなき分別にて国可治哉不義無道に
 
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 ハ子さへ手を見せさる予が何ぞ弥四郎こときの者に依怙贔屓す
 へきや惣而国天下を治る主君の嗜へきハ慈悲心を政道の根元
 となし被治にも乱世を不忘家職を第一にしその次に我か家の
 盛衰をはかり我か行を正して家老の善悪を分明に正し天
 下国家の是非をきひしく正すべし予若き時より物事
 少も依怙贔屓なきやうにと随分心懸家老共に隠し何にても
 少も諸人に不遣子細ハ其功に当たる時ハ知行を始め金銀米銭其
 外何様の宝をあたへたりとも誰か是をそしるべきいにしへの
 尭之帝ハいやしき土民の舜に天下を譲り給ひしかとも天
 下の人是を非とせす末代迄も能仕置の手本に立るぞ近年天
 下乱れたる故鑓に血付る計が功と言と諸人覚たり其儀にあらす
 
 
 静謐の世ハ五倫五常を正敷行ひ万づ私なくして諸人毛頭恨
 ミなきやうにするを大切といふそ殊に汝等可心得ハ小身なる者を大
 身となし給ハり今天下の家老と成候上夢計も此上の望なし
 たとへハ正月盃の次第我等かむかしハ何程なるが今ハ何程也此上に
 家老なりとて諸人に慮外し侈は重科也と心得よ惣て人ハ
 本一体の物そ愚なる小身なりとてあなとるハ返/\も悪事の本也
 奢なく忠信有者ハ何様に上け用ひ何程の録をあたへても諸
 人尤とおもふものそかへし与ゆる時ハ其者人柄よからさるゆへ
 かくして給ハると諸人思ひ大将にも私あるやうに言もの也然る
 時ハ取者も遣す者もともに悪名を得る也人の家の滅亡する
 ハ主人頻に欲深くなり家老壱人にて威を振ひ奢つよきハ其
 
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 家の運の末也と知るべし
一又上意に右に言ひ聞することく大賀弥四郎下賤の者なりしを
 取立家老共の末座につらねしに此者侈強家老諸侍
 に慮外し分国の所務家中の役儀金銀の米銭の事まて
 予か為なりとて家中を削り諸人をたぶらかすやうに仕なし
 予か前にて御家中の諸人安堵仕所奉存と申に付予ハ誠と
 おもひ安堵せしなり小身なる者共ハ楚(ママ)忽成る事言出し弥四郎
 ににくまれ身滅亡のミならすあほう払ひにあいてハ口惜事
 と思ひ畢竟ハ手前の損を仕候へハ埒明と思ひ実儀をいわす
 大身武功の者予に対して免し置たり惣而主人の懇にす
 る者の悪事ハ家老武功の士横目も主に恐れて言兼たりしを
 
 
 弥四郎めハうつけ己計智恵の有るやうに心得奢の餘りにあられぬ
 方便までして終に身を失ひたり汝能心得よかりそめにも人
 をうつけと思ひて旗本尤天下之諸大名末々まてに笑ハれ将
 軍の名をくたすな元来人にハ心の良智と言物有て善悪邪
 正直ハ大形知る物そ然は誠なき事にてハ中/\たゝされぬ物そ
 と心得よ言葉に何程善をいひても悪あれハ悪と知り言葉に
 誤り有ても心善なれハ善と知る物そ偽りかさる事なかれ昔を
 以今を顧よ主人侈強き時ハ其家を破り身を失ふ臣たる者
 奢つよき時ハ家を亡し身を失ふ惣而奢つよき者ハ必欲
 深く我利口のうつけ者也我が身に徳義有ておのつから人を
 敬ふそ誠の道也己か威勢を付人にうやまハれん為に自た
 
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 かふり下人をあなとり狐か虎の威をかることくに主をかさにきて
 人をおどし己と中のよきを佞らひけいはく者の一寸さきをしら
 さるを能者也とおもひて主人の前を取なし立身させ或ハ諸役人
 となし己に計智恵有るやうに心得家中をいため諸士主君に
 不足出来る事をかへりミさるハ是奢て君に忠なき小人也我か身を
 顧て我心にて心に異見をせよ侈も不忠も悪逆も無道も皆
 己があくまて利発なりと思ふより出るそ忠臣といふハ我か身
 才智にほこらす私をさり己か智をミかきて能々人の善悪を
 邪正弁しるに有惣て主君たる者家中の士を愛し政道に
 依怙贔屓なくすべて民百姓町人等をも恵ミ下のいやに思ふ
 事をさり諸人の好む所を行ハヽ人思ひ付て天下太平也是を
 
 
 かへして大身ハ楽ミ小身末々ハ悲む金銀を無理にたくわゆる時は
 人散つて必国亡るぞ賤人民なりとて木石にあらすいやしきをあな
 とるへからす秀吉薨し給ふとき伏見の予か屋敷へ予が領分の
 者出家山伏職人町人巡礼に出し百姓迄馳来るそ爰ハ常々の
 仕置の仕様共汝等か役/\ハ善人の不埋悪人佞人を司とらさる様
 にするハ第一の忠節也されば孔子の詞にも人の己を知らさるを愁
 ひ人を不知をうれへよとのたまへたり人を知るハ智恵也人を
 しらんとせば我か心の依怙贔屓の私をさりて人の心底の善
 悪を能可察言葉とかたちとにまよふべからす又古語にも人ハ
 詞を以試ミ金ハ火を以こゝろみるといへりされハ又詞と相違し
 て口にハ名言を唱へ心ハひかみたる者有能々弁へ知るへし
 
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一惣而政道には法といふ物有法とハ大工の曲尺のことしたとへハ此畳
 を長六尺横三尺と定たるがことし然バ京さしを築紫のはて
 奥州にて敷ても間に合ふ是を曲尺の手を定たるそといふ能
 政道ハ如斯又愚なる者をたぶらかされ是に迷わされて古法
 を取失ひ家を破るそ古法を破り新法を立利口たてなる心
 さまハうつけ者か扨ハ悪心深き者か己が身をたかふりて成す
 事そ是を曲尺なしの細工仕置そたとへハ此畳を六尺三尺と
 定たるに曲尺を不知して細工に拵るとて畳の表を長七尺横
 四尺にして古人ハうつけたる仕様かな長に一尺横に一尺の損を不
 知と言かことしそれハ何国の家に敷候へても間に合ぬそ其こ
 とく惣而かねをしらさる政道ハ色々分別たてして新槻新法
 
 
 を用い終に天命にそむひて家亡事ぞ
 
              完