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目録ID ns00000203
タイトル 書簡/白瀬知行より白瀬矗宛 封筒のみ(付箋2)
タイトル(カナ)
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
差出・作成者 白瀬知行
差出・作成者(カナ) シラセチギョウ
差出・作成者(ローマ字)
宛先 白瀬矗
宛先(カナ)
宛先(ローマ字)
書写者
書写者(カナ)
書写者(ローマ字)
作成年 明治27年8月6日
作成年終
数量
形状 一枚物
寸法 19.0×7.2
寸法(縦)
寸法(横)
材質
形態に関する注記
保存状況
縮尺
その他の注記 配達証明 宛先:北海道千嶋国擇提嶋紗那郡紗那 報效義会会員 白野矗
言語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所 千島
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体 郡司成忠 幸田成延 白瀬知行
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 1893年(明治26年)6月から白瀬は将来の北極探検に備えて郡司成忠海軍大尉率いる報效義会会員となり千島探検隊に参加、当時日本最北端の占守島に上陸し越冬していた。しかし、隣接する島々で越冬してたはずの10名が死亡・行方不明となり千島探検は悲惨な結果となった。書簡が送られた明治27年8月は郡司に懇願され郡司の父幸田成延が連れてきた5人の交代要員とともに占守島での2度目の越冬をすることが決定した後であり、安否を不安視した白瀬の弟知行が書簡を送ったものと想像できる。明治27年9月6日付の付箋には幸田成延の信として白瀬本人の意思で占守島に残っている旨が書かれており、書簡は白瀬に届くことはなかった。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 白瀬南極探検隊記念館
原資料の所在地
資料番号 ST211_001
管理記号 11-62
カテゴリ区分 書簡
資料種別 付箋付封筒
資料分類(大分類) 書簡
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報
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参照データ
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 CC BY-NC-ND(表示-非営利-改変禁止)
原資料の利用条件 閲覧不可
権利関係・利用条件に関する注記 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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緯度・経度・高度に関する注記
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既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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