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資料解説
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三笑橋を北から見ています。◆昭和8年夏、三笑橋近くに居を構えた湯川秀樹博士は苦楽園付近をよく散歩し、ノーベル賞受賞の中間子理論の着想をこの地で得ました。博士は随筆「旅人」で苦楽園の住まいを「思い出の家」とし、「新しい家は、見晴らしが素晴らしかった。夕食後のひととき、私たちは窓ぎわにならんで、遠くに点々とともって行く西宮や尼崎の灯、走って行く電車のあかりを、あきずにながめたものである…」と書いています。昭和14年に京大教授となった博士は15年12月、現・甲子園口北町に移り住みます。◆昭和60年苦楽園小学校正門そばに記念碑が建てられ、翌61年には西宮湯川記念賞が始まりました。平成11年11月5日には湯川博士ノーベル賞受賞50周年記念行事が行われ、湯川博士夫人のスミさんが苦楽園での思い出を語られました。苦楽園小学校には湯川博士の資料を展示した「湯川文庫」も設置されています。
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