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資料解説
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夙川改修工事中の川西町です。◆明治以降、夙川改修工事は常に議論の対象となってきましたが、長らく実現には至りませんでした。第1次大戦後の好景気にわく中、武庫川の改修で枝川・申川が廃川となり、芦屋川、住吉川、石屋川はそれぞれの町村で改修され、残ったのは夙川だけとなります。民間から改修後の用地の払い下げや川の埋立ての出願があり、西宮市は夙川の景観を守るため都市計画公園として整備することを国に再三申し入れをします。努力の甲斐あって、昭和6年に都市計画決定されました。財源は沿道の市民(受益者)の負担金と寄付金でまかなわれます。このような方法は全国でも例がなく、夙川公園は行政とともに市民がつくった公園といえます。工事期間中は昭和9年の室戸台風など何度も水害に遭い、度重なる復旧工事と設計変更を余儀なくされましたが、夙川改修工事は予定通り12年3月に竣工しました。◆新聞記者時代に川添町に住んでいた井上靖氏は「あした来る人」「昨日と明日の間」「貧血と花と爆弾」「闘牛」に夙川公園を登場させています。
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