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資料解説
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甲子園線終点の浜甲子園には高床式ホームが設けられていました。◆枝川を埋め立てて敷かれた甲子園線。大正15年にまず甲子園-浜甲子園が、昭和3年に甲子園-上甲子園が開通しました。◆昭和5年には浜甲子園から西に折れて中津浜まで延伸させ、翌6年には付近に浜甲子園健康住宅地が売り出されました。◆戦前は海水浴をはじめ、海岸近くに阪神パーク、またサッカーや陸上の国際競技が行われた南運動場などがあり、甲子園線は多くの乗客でにぎわっていました。当時“アミ電”とよばれる腰のあたりから下が網になっている電車を走らせ、風が吹きぬけて涼しいのでなかなか評判がよかったようです。◆昭和20年、浜甲子園-中津浜は開通から15年足らずで廃線となり、浜甲子園は再び終着駅になりました。
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