|
資料解説
|
海に張り出した突堤には大きな波が押寄せ、子どもたちの格好の遊び場でした。◆古来より漁業が盛んであり、兵庫津の補助港として、また江戸時代からは樽廻船の運航など港町としてもにぎわった西宮ですが、ひとたび強風などに遭うとたちまち海底の藻屑となることが多かったため、風待港としての整備が行われていました。第一次世界大戦以降、船舶の出入が増え、砂礫の堆積も多かったため、昭和4年より始め、昭和10年に西宮港の改修工事を完成させました。◆工事はそれまでの防波堤を延長し、さらに東へ曲折してより強固にし、西宮港西側護岸の整理改造、東浜地先海面を埋立てました。突堤の東先端には灯台が設けられました。◆参考文献 西宮市史第2巻
|