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資料解説
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昭和37年5月12日、堀江謙一氏がただ一人マーメイド号で西宮ヨットハーバーを出発し、太平洋横断を成功させ、西宮ヨットハーバーは世界的な脚光を浴びることになります。◆堀江氏の業績を称え、昭和39年8月、関西ヨットクラブがクラブハウスを建設し、敷地を提供した西宮市はクラブハウスの1階に「青少年海の家」を設立しました。◆クラブハウスのオープンには司会にE・H・エリック氏を迎え、また森繁久弥氏も新造船「ふじやま丸」でお祝いに駆けつけました。◆森繁氏は西宮港にそのまま停泊し、1ヶ月が経った9月25日、台風20号が猛威をふるい新造船“ふじやま丸”は西宮港北側砂利上げ場のクレーンに激突し大破しました。ヨットは修復され、東京オリンピックヨットレースのコミッティボートとして活躍し、その後熱海の後楽園ホテルの遊園地に展示され人気を博したといいます。◆参考文献 西宮あれこれ、市政ニュース、Wind ward
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