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資料解説
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昭和40年、市民会館建設のため現市役所南館の場所へ移転させます。南を向いて建っていた建物をまず西を基点に東へ90度後転させ、次に北を基点に180度と、レールの上に鉄の円柱を底に敷きゴロゴロ転がして、市民会館の西、現在市役所南館のある場所に移動させました。村上春樹氏が通ったのは、この場所に移転してからとなります。◆市制施行以前から町役場内に「西宮文庫」を設け、また大正9年ごろ公共図書館建設構想をたてましたが、財政面で実現できませんでした。国道の建設を機に、30万円(市税収入一年分に相当)の私財を投入し市庁舎と図書館の建設を促したのが、第13代辰馬吉左衛門氏(本辰馬家)です。寄付金は22万円を市庁舎、8万円を市立図書館の建設に充てました。設計は古塚正治氏です。◆古塚氏は市庁舎、西宮市立図書館のほかに旧八馬汽船株式会社、多聞ビル、西宮市火葬場、塵埃処理場、また大社小学校、大社村役場なども手がけました。市外では宝塚ホテル、六甲山ホテルなども設計しています。
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