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資料解説
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市庁舎竣工のパレードです。◆大正14年の市制施行当初、西宮町役場(久保町)を市庁舎として利用しましたが、新庁舎の建設は財政的にむずかしく、先延ばしにされていました。◆阪神国道(国道2号)の建設で、六湛寺墓地の一部が国道用地として上地され、また第13代辰馬吉左衛門氏(本辰馬家)の私財30万円(市税収入一年分に相当)の寄付を受け、庁舎が建設されました。◆設計は阪神間モダニズムを代表する建築家の一人、古塚正治氏です。戸田町に生まれ、西宮第一小学校(浜脇小学校)を卒業。早稲田大学建築学科卒業し宮内庁に奉職、海外留学を経て大正11年に八馬兼介氏の諸会社の建築顧問となり、翌年市庭町に建築事務所を構えます。父親が初代市長紅野太郎氏と懇意であったことから話が持ち込まれ、重厚なドイツ建築様式を取り入れています。将来の交通量の増大を予想し、玄関を国道側ではなく東向きに、玄関広場をゆったりととり、また外観を美しくするため、島根県から特別に「天黄石」という特殊な石を取り寄せ、外壁に使いました。鉄筋の庁舎としては大阪市についで関西で二番目にランクされる建物だったといわれます。
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