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資料解説
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昭和3年10月、市庁舎が竣工します。この経緯を記した顕彰碑の題字は中村不折氏によって書かれています。◆市制施行当初、新庁舎の建設は財政的にむずかしく、西宮町役場(久保町)を市庁舎として利用していました。阪神国道(国道2号)の建設で、六湛寺墓地の一部が国道用地として上地されたのを機に、第13代辰馬吉左衛門氏(本辰馬家)が私財30万円(市税収入一年分に相当)を寄付し、六湛寺に市庁舎と市立図書館が建設されました。寄付金のうち22万円を市庁舎、8万円を市立図書館の建設に充てました。◆中村不折氏は、明治から昭和期に活躍した洋画家、書家です。夏目漱石『吾輩は猫である』などの挿絵、新宿中村屋の看板文字で、また森鴎外の墓碑銘で知られ、また西宮酒造の「日本盛」のラベルは不折氏の揮ごうです。◆昭和9年6月の西宮市公報記事に市役所来訪の記事が挿絵とともに掲載されています。「西宮町誌」カバーの挿絵も不折氏によると思われます。不折氏は西宮の地をたびたび訪れ、親交を深めていたようです。
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