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資料解説
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市庁舎屋上から西側を望んでいます。正面は茂松寺、その向こうの大木は現在も県立病院との境にある「くすのき」です。茂松寺の周囲にはまだ墓石が建ち並びます。右側の大通りが開通間もない阪神国道(国道2号)です。土堤には省線(JR)、人家が集まるのは安井地区、その後ろに黒く写るのは夙川の松並木、遠くに六甲山を望みます。◆JRの土堤から南、東川から県立西宮病院の川筋にかけての12000余坪の広大な地域は深いヤブで、キツネやタヌキの巣があったといいます。六湛寺墓地といい、有縁無縁の石塔や卒塔婆が、ところ狭しと乱立していました。◆墓地の一部が阪神国道(国道2号)の建設地にあたり、整理したのを機に、墓地のすべてを満池谷へ移転させます。昭和3年10月、新庁舎と市立図書館が、また昭和10年には茂松寺西に県立懐仁病院が建ち、共同墓地は市政の中心地となります。
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