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資料解説
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甲山北東部から五ヶ池周辺を見ています。かつて五ヶ池周辺はこんもりした森でしたが、戦時中の乱伐や山火事で草山になります。しかし、ところどころ小さな松が散らばり、白っぽい岩肌が見える様が人をひきつけ、阪急電鉄はこのあたり一帯に土地を持っていた関係で、昭和26年10月、仁川ピクニックセンターの呼称で宣伝するようになりました。ちょうどその頃に閉鎖した千里山花壇から桜の木を移植して山を彩り、池にボートを浮かべ、茶店や野外演芸場を建てました。◆東屋が点在し、周辺に草木のない地面がそこここに見え、一帯が花崗岩質の山であることが分かります。
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