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資料解説
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現在の甲子園筋を流れていた枝川は大正13年に廃川になりましたが、その名残である松は今も阪神甲子園駅の南東に見ることができます。◆明治38年4月の阪神電鉄開業当時、このあたりには人家もなく、枝川に鉄橋が架けられただけで駅はできませんでした。大正13年に枝川とその支流である申川の廃川跡地に甲子園大運動場(阪神甲子園球場)が完成し、仮設の停留場が設けられました。大正15年には常設の甲子園停留場となり、路面電車の阪神甲子園線も敷かれます。戦前は甲子園浜での海水浴をはじめ、海岸近くに阪神パーク、サッカーや陸上の国際競技が行われた南運動場などがあり、甲子園線は多くの乗客でにぎわっていました。戦後も浜甲子園団地をはじめ多くの沿線利用者の足となっていましたが、阪神電鉄国道線廃止に伴い車両の車庫施設へのアプローチが断たれたことで、昭和50年5月6日廃止となりました。
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