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資料解説
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阪神電鉄今津駅前のロータリーをうつしています。現在はにぎやかな今津駅かいわいですが、かつては田畑と複数の墓地が広がる静かなところでした。明治38年の阪神電鉄開通頃までは狐狸が棲み、夕方にはケーンケーンと狐の鳴き声が響いたそうです。◆大正10年西宮北口-宝塚間に西宝線を開通させた阪急電鉄は、大正15年12月18日に西宝線を延長して今津駅を設置し、今津線と改称しました。その翌日には阪神電鉄も阪急今津駅との接点に新たに今津駅を設置し、既にあった今津駅を久寿川駅と改称したことで阪急・阪神今津駅が誕生しました。当時の今津町長・清水英次郎氏らが阪急・阪神両社の間に立ち、今津町内で両電鉄を交差させた功績はその後の今津の発展にとってなくてはならないものでしょう。当初の阪急今津駅は旧国道の北側、ちょうど現駅舎と重なる位置にあり、阪急と阪神の乗換えには旧国道を横切る必要がありました。昭和3年4月1日、阪急が阪神と隣接した駅舎を建て、阪急阪神連絡切符も発売しました。当時の新聞では「一歩も歩かずに阪神から阪急へ乗り換え得る」と少々大げさに伝えています。
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