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資料解説
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昭和5年12月、川西航空機は本社と工場を神戸から現・高須町に移しました。海軍の指定工場だった同社は終戦まで、海軍のための水上機と飛行艇を主に設計、製造していました。戦後に事業転換が図られ、川西航空機鳴尾製作所の企画室第二班は三輪自動車の製作を受け持ち、名称を「明和自動車製作所(後に明和自動車工業株式会社)」としました。三輪自動車「アキツ」は性能の良さで評判を呼びましたが、インフレ等の影響もあり経営難から工場を閉鎖し、昭和31年にダイハツ工業の子会社・旭工業株式会社となります。翌32年に発売した「ミゼット」は空前の軽三輪ブームを巻き起こしました。写真は初代ミゼットの製造ラインです。初代はバーハンドルでドアがなく、ランプが一つのバイクに近い車体でした。ミゼットは小回りがきいて、小口荷物の運搬に最適なサイズが時代に合っていたようです。
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