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資料解説
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観艦式は特別大演習もしくは国家祝典の折に行われるものの2通りあった。その起源はイギリス・エドワード3世に認められるが、日本では明治元(慶応4)年3月26日、大阪天保山で行われたのが最初である。◆昭和11年に行われた観艦式は、参列艦数約100隻が陣形を整えて御召艦(おめしかん)の側を航行し、また航空機数百機が上空を通過する様子を観覧でき、壮観であった。◆蔭山品次市長は御召艦比叡に、伊藤保平市会議長は供奉艦愛宕、松尾園治助役・山本三樹収入役・前田兵事戸籍課長は供奉艦足柄、市会議員・各課長は榛名に陪乗した。◆また、船舶からの拝観の許可を受け、辰馬汽船株式会社の「悠紀丸」を西宮市拝観船とし、市関係名誉職・待遇者・衛生組合・在郷軍人会・消防組・学校・教化団体など代表者及び役員、軍人遺族等1200名を招待し観覧した。◆陸上からは香櫨園東浜海岸、西宮港埋立地、今津西浜海岸、今津浜防潮堤などを指定拝観所とし5万7千余名が拝観したという。
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