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資料解説
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昭和30年代後半から国内のモータリゼーションが急激に発展していきましたが、これに対応する都市の道路交通施設の整備が追い付かず、このひずみは随所に現れていました。踏切道の問題もその一つでした。さらに昭和37年に国道43号、昭和39年には名神高速道路が開通し、市内の交通量は年々増加していきました。写真は市役所前線の踏切。踏切待ちの車が列をなしています。札場筋が拡張される以前、市役所前線は国道43号と西国街道(現・国道171号)を結ぶ南北の主要道路となっていました。踏切では遮断機が下りるたびに車列が続いたということです。
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