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資料解説
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元気に登校する子どもたち。児童がかぶる黄色い帽子は、昭和35年から交通安全を願って入学時に配られていたものです。男の子は野球帽型、女の子は登山帽型でした。戦前、この一帯は鳴尾(阪神)競馬場や南運動場、阪神パークなど多くのレジャー施設でにぎわいましたが、戦時中次々と閉鎖され軍の関連施設になり、戦後は進駐軍キャンプとして接収されました。接収が解除されたのは昭和32年12月。昭和34年に市、住宅公団、武庫川学院、阪神電鉄などに払い下げられ、大部分は当時不足していた住宅建設に充てられました。昭和37年秋には最初の1500戸が完成し、入居がはじまりました。
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