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資料解説
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昭和39年、厚生年金会館を誘致しようと、本庁舎周辺は様々に議論された。誘致は実現できなかったが、厚生年金会館誘致で検討重ねたことを契機に、市庁舎周辺の整備が進む。◆ 武徳殿は、戦後公会堂として利用され、昭和33年、再び柔道場、剣道場などの体育施設となったが、市民館建設のため昭和40年5月に閉鎖、9月以降新市庁舎竣工まで建設局都市計画部、土木部、建築部の仮設事務室として使用された。◆ 写真は旧武徳殿北東角を写す。建設局の看板がかかっている。奥の建物は海清寺。右側の大木は保護樹木クスノキ。六湛寺東再開発事業による「セントラルガーデンタワー」建設の際、公共駐車場(市役所東館)前、海清寺大クスノキの東側に移植された。
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