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資料解説
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平成7年1月17日5時46分、日本で初めての都市直下型大地震が発生し、阪神・淡路地域に大きな被害をもたらし、西宮市でも広い範囲にわたって壊滅的な打撃を受けた。死者1146名(関連死等を含む)、家屋被害は全市の約4割、6万世帯にものぼる。西宮市では最初に北から南へ縦揺れが2回、一瞬おいて東から西へ横揺れがあった。昭和46年に竣工した市庁舎は6階以上の被害が著しく、7階はとくに甚大であった。◆ 地震直後、最も早く市役所に駆け付けた職員は下水建設課と防災対策課の職員だった。二人でドアをこじ開け散乱した部屋に入った。続いて何人かの防災対策課職員が駆けつける中、山田知教育長・災害対策副本部長も到着し、災害対策本部を開くよう指示が出た。6時30分、約30人の職員によって252会議室に災害対策本部を設置する。ホワイトボードに張り紙をして、電話、FAX、パソコンなどの通信機器を移設し、旧名・救助、復旧活動が開始された。非常事態の緊急対応を意味する防災指令第3号が発令された7時5分までに約100人の職員が会議室に集まった。
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