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目録ID 0100002343
タイトル 巻次、部編番号 塩瀬農業協同組合(現・JA兵庫六甲塩瀬支店)
タイトル(カナ)
巻次、部編番号(カナ)
シオセノウギョウキョウドウクミアイ(ゲン・JAヒョウゴロッコウシオゼシテン)
タイトル(英文)
サブタイトル 外観
サブタイトル(カナ) ガイカン
サブタイトル(英文)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者 西宮市
作成者(カナ) ニシノミヤシ
作成者(英文)
宛先
宛先(カナ)
宛先(ローマ字)
出版者
出版者(カナ)
出版者(ローマ字)
撮影日・撮影時期 1959年7月
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内容年終
資料解説 国道176号名塩交差点付近から南へそれると500mほどの旧道に入ります。写真左端に少し写る民家は幕末の蘭学者・緒方洪庵の妻、八重の実家跡です。洪庵が大阪で経営した適塾の塾頭・伊藤慎蔵は、八重夫人の世話で結婚した名塩出身の妻・時子の養生のため、家族で名塩に移り住みます。文久2(1862)年、慎蔵は八重の父・億川百記や、同じく適塾出身で名塩の大漉元・弓場五郎兵衛家の当主・弓場為政の熱心な勧めにより、億川家の一室に蘭学塾を開きました。名塩の蘭学塾は明治2(1869)年に伊藤慎蔵が神戸洋楽伝習所の教授に就任したことから約8年で閉じられますが、塾の名声を聞いて近在から多くの若者が集まり、一室では収容しきれないほどの盛況ぶりだったようです。昭和42年5月、旧億川邸に農協を増築した際に「名塩蘭学塾跡」の石柱が、45年には緒方八重のブロンズ像が建てられました。昭和63年には塩瀬農協創立40周年を記念して、胸像の台座をコンクリート製から四国産の青石に改修され、八木米次市長(当時)がそこに「蘭学の泉ここに湧き出ず」と揮毫しました。また、新たに八重の一生を解説した石碑も設置されました。
資料解説(英語)
内容細目
内容細目(カナ)
内容細目(ローマ字)
寄与者(英語)
所蔵機関名 西宮市総務課
町名 所在地詳細(番地) 名塩1丁目25-10
撮影方向 南西
資料管理番号
資料種別(形態分類)
資料分類(小分類)
文化財指定種別
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